第112話 フィンブルドラゴン
元々頂上付近にいたということもあり、あっという間に北の山の頂上へと到着。
フィンブルドラゴンはこの先にある、凹んだ火口跡にいる。
「頂上からなら見えると思ったが見えねぇな! 火口跡が思っていた以上に入り組んだ地形になっていやがる!」
「ここからはどう進むんだ? 隠れずに下っていく気か?」
「当たり前だろ! それ以外にどうやって下っていくんだよ!」
流石にここから二人して、フィンブルドラゴンの前に堂々と出ることはできない。
色々と羨ましい感情はあるが、俺の中の根底にある生き残ることが大前提という考えは変わらないからな。
「分かった。俺はここで別れて、離れた位置から見守らせてもらう」
「ああ!? ジェイドは戦わねぇのか?」
「ギルド長が戦いたいって言ったからついてきただけだ。危険と判断した時だけ手助けに回る。フィンブルドラゴンとサシで戦えるし、そっちの方がいいだろ?」
「ジェイドと共闘してみたかったってのはあるが……確かにそっちのが燃えるな! なら、遠慮なく一人で行かせてもらう!」
火口跡へと進んで行くギルド長を見送り、俺は身を隠しながら迂回するようにギルド長の後を追う。
隠れる場所があまりないため積もっている雪の中に身を隠し、気配を断って様子を窺う。
本当に一切の警戒もせず、火口跡を進んで行くギルド長を見ていると、突然大きな声を上げた。
「見っけた! てめぇがフィンブルドラゴンか!」
いつもよりも甲高い嬉しそうな声を上げ、はしゃいでるのが後ろ姿からでも分かった。
俺もフィンブルドラゴンを見てみたい気持ちになるがグッと堪え、斜め後ろの位置から身を隠したまま見守る。
それからギルド長は、手に持った何かを正面にいるフィンブルドラゴンに投げた。
何を投げたかはこの位置からでは確認できなかったが、投げた何かがフィンブルドラゴンにぶつかった瞬間――北の山全体が震えるような咆哮が放たれた。
耳を劈かれるようなフィンブルドラゴンの咆哮に、一気に体が強張る。
俺に向けられている訳ではないのだが、突き刺すような敵意が想像以上に怖い。
「良い鳴き声じゃねぇか! でも、俺も負けねぇぞ。――うおオオオおおラアアああああ!!!」
フィンブルドラゴンの咆哮に対抗するように、馬鹿デカい雄叫びを上げたギルド長。
やっていることは馬鹿丸出しだが、あの咆哮と強烈な敵意を向けられても一切怯んでいないところは流石としか言い様がない。
ギルド長の雄叫びを聞いたであろうフィンブルドラゴンは、大きな翼を羽ばたかせて巨体を浮かせた。
高い位置まで飛んでくれたことにより、ようやく俺はフィンブルドラゴンの姿を視界に捉えた。
長い尻尾も含めて全長は約十メートル。翼は片翼だけで優に十メートルを超えた大きさ。
圧倒的な気配通り、神々しさすら感じる姿だな。
全身が真っ黒な鱗に覆われているようだが、付着している氷や雪で青黒く光って見える。
鋭い爪に鋭い牙。そして切れ味が鋭そうな尻尾。
更に額からは一本青い長い角が生えており、魔力が帯びていることからあの角を杖代わりに魔法を使ってくることも想像できる。
その圧倒的な体躯を見て分かる通り接近戦もこなせる上に、ブレスに魔法と遠距離攻撃も兼ね備えている正真正銘の化け物。
防御面では、生半可な武器じゃ傷をつけることすらできない硬い鱗で全身が覆われていて、その鱗に纏わりつくように厚い氷が張っている。
氷の刺々しさから考えて、体当たりをまともに受けただけでも致命傷を負うのは間違いない。
どこを取っても危険でしかなく、少し前の俺なら一目見ただけで逃げの択を選んでいた。
というかフィンブルドラゴンをこの目で見れて満足しているし、今も全力で逃げたいのだが……ギルド長が一切逃げる気配がない。
半ば強制的にだが、この場に残らないといけない状況なのだ。
ギルド長が一人で倒してくれればいいのだが、このフィンブルドラゴン相手に一人で倒せるとは到底思えない。
一般人として平和に過ごしたいと願っていたはずが、なんでこんな状況になっているのか理解に苦しむが――覚悟を決めて、俺も戦う準備を行う。
まずはギルド長と挟み込むような立ち位置を取りたいため、フィンブルドラゴンの真後ろを目指す。
火口跡の構造上、雪が積もりやすいのか深いため、這いつくばって雪の中を掻き分けるように慎重に動いていく。
これが隠密行動と言えるのか分からないが、上空から見下ろされている状態で見つからないように動くには、この移動手段しかない。
雪の中を芋虫みたいに進んでいると、どうやらギルド長とフィンブルドラゴンの戦闘が始まった様子。
視界を確保し見てみると、ギルド長は大きな岩を駆使してアクロバティックにフィンブルドラゴンの攻撃を躱しながら、体に飛びついて捕まりながら攻撃を加えていた。
翼に傷をつけて飛行能力を奪うことを狙っているようで、重点的に翼を攻撃している。
フィンブルドラゴンは鬱陶しそうに尻尾ではたき落とそうとしているが、攻撃を食らう前に自ら翼から手を放し、雪が深くまで積もっているところに落ちて一種の遊びみたいにその行動すら楽しんでいた。
お気楽そうに見えるが、ギルド長の肉体の強靭さは実際に戦った俺だから分かる。
首を絞めて落とした時も、魔人同様に本気で締め上げたからな。
それでも首が捻じ取れなかったことからも、魔人と同等以上の肉体を持っているということ。
木剣じゃ傷もつけられないと悟ったし、ギルド長は体が普通の人間の肉体をしていない。
生まれて初めて会うが、獣人に分類される人種だと勝手に思っている。
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