第111話 圧倒的な気配
ギルド長との追いかけっこが始まってから、約十分が経過。
あれだけ暴れ回っていたギルド長も寒さでとうとう力尽き、震えたまま横たわっている。
土魔法で空気穴をしっかり確保してから、俺は洞窟内で火を焚いて暖を確保してあげた。
「今回も俺の勝ちだな」
「お、俺は負けてないぞ! す、すぐに襲い掛かってやるから待ってろ!」
「落ち着つ気がないなら、すぐに火を消すぞ」
「…………やだ」
ようやく素直になったようで、デカい図体を極力縮こませながら暖を取り始めたギルド長。
本当に猛獣と対峙しているみたいで非常に疲れる。
ずっと有能だとは思っていたが、このギルド長と上手くやっているマイケルは俺が思っている以上に有能なのかもしれない。
震えるギルド長を横目に、体があったまって喋られるようになるのを少し待つ。
「もう体の震えは大分治まったか? ちなみにまた攻撃しようとしたら、水攻めするからな」
「もう攻撃しねーよ!」
「それなら良かった。それで、ここで一体何をしていたんだ? マイケルが心配しているぞ」
「見りゃ分かるだろ。修行していたんだ! この山には強い魔物もいるし、修行をするには持ってこいの場所だからな!」
「それでこの洞窟を拠点にして、修行に明け暮れていたのか」
マイケルの言っていた通り、修行のためだけにこの山に二週間近く籠っていたのか。
考えることが本当によく分からない。
「そういうことだ! そろそろ帰ろうと思っていたところに、ジェイドが来たんだよ!」
「ならすぐに帰ってやれ。というか、連れて帰ってきてくれとお願いされたから、一緒に来てもらうぞ」
帰るところと言っていたから丁度良いと思ったのだが、一緒に帰ってもらうと伝えた瞬間にあからさまに渋い表情を見せたギルド長。
全然帰る気がなかったことがすぐに分かり、俺は思わず笑ってしまう。
「……何かやり残したことでもあるのか? そもそも何で急に山籠もりなんかし始めたんだ?」
「ジェイドに負けたからだ! まぁ負けてないけどな!」
「俺に勝つために修業を始めたのか。それは知らなかった」
「全部ジェイドのためって訳じゃねぇぞ! 勘違いするな!」
もう言っている内容がぐちゃぐちゃだが、模擬戦で俺に絞め落とされたのが思っていた以上に堪えていたらしい。
まぁ仮に、俺がギルド長に締め落とされていたとしたら、俺も同じような行動を取っていただろうから、気持ちは分からないでもない。
「ということは、まだ俺に勝てる力をつけられてないから戻りたくないのか」
「ちげーよ! 北の山に籠もる前に掲げていた目標があんだ! それをまだ達成できていない!」
「目標は俺よりも強くなるじゃないのか?」
「それもそうだが、曖昧な目標じゃなくてもっと具体的な目標だ!」
「それを教えろ。そしてさっさと達成しろ」
「そんな簡単にいかねぇから二週間も籠もってんだろうが! 俺の掲げた目標は、フィンブルドラゴンの討伐だ!」
フィンブルドラゴン。
マイケルからこの名前を聞いていないし、これまでの人生で耳にしたことは一度もない。
ただドラゴンとついていることから、難度B+のサイクロプスよりも強いことは間違いないはずだ。
俺は今までドラゴンという存在を見たことがなかったため、話を聞いて少しだけワクワクしまっている。
「ドラゴンがこの北の山にいるのか?」
「ああ、いるぜ! 北の山の頂上の更に上。火口跡をねぐらにしているって言われているんだ!」
「火口跡をねぐらに……か。気配は感じ取れなかったが、冬眠でもしているのか?」
「この時期に活発になるはずだから、冬眠してねぇはずだ! 恐らく、餌を求めて飛んでいるんだろうよ! 俺も何度か様子を見に行っているが、まだ出会えてすらいない!」
欲を言うのであれば、フィンブルドラゴンを一目見てみたい。
ただ、これではギルド長と思考レベルが一緒になってしまうため、己を律して帰還を最優先とする。
「なら、諦めて一度帰ってくれ。そう簡単にフィンブルドラゴンは姿を現さない――」
俺がそこまで言った瞬間、北の方角から物凄い速度で近づいてくる強烈な気配を感知した。
ギルド長もこの気配に勘付いたようで、ボサボサな髪の毛を逆立たせて大きく笑った。
「――きたッ! フィンブルドラゴンが住処に帰ってきた!」
「なんてタイミングで戻ってくるんだ。それにしても……圧倒的なオーラだな」
もしかしたらだが、あのサイクロプス達はフィンブルドラゴンが戻ってくるのを知っていて、身を隠す場所を探していたのかもしれない。
あの巨体なサイクロプスですら捕食対象となると確信できるほど、大きく圧倒的なオーラを放っている。
「ジェイド、見てみろよ! 鳥肌がとまらねぇ! 流石に戻ってきたなら、戦ってからでいいよな!?」
「こうなったら戦ってからで構わないが、勝てるのか?」
一番の心配はそこだ。
実際に手合わせしたからギルド長が強いことは知っているが、ドラゴンに勝てるのかどうかが非常に不安。
このまま挑んで死んでしまったら、俺がマイケルに合わす顔がないからな。
「勝てるかなんてのはどうでもいい! 強くなるためには戦うしかねぇんだからな! それに……強い敵ってのはワクワクするだろ?」
その言葉を聞いて少しだけカッコいいと思ってしまい、同時に羨ましいとも思ってしまった。
俺は徹底的に教え込まれていたというのもあるが、絶対に勝てる戦いしか挑んだことがない。
人と初めて顔を合わす時は、殺せるか殺せないかの判断を挟んでしまう。
唯一、勇者相手には自分より強者であろうと戦うと意気込んでいたが、実際にはあの体たらくだったからな。
無邪気に強敵に戦いを挑めるギルド長が、少しだけだが羨ましい。
「……んあ? 急に黙りこくったと思ったらなんだその顔! もしかして、ジェイドも戦いたくなったのか?」
「いや、そういう訳ではない。とりあえず俺もついていく。死なれたら困るからな」
「へへへっ! マイケルと違って物分かりがいいな! 流石は俺が今目標としている人物なだけはある! それじゃさっさと行こう!」
満面の笑みを浮かべたまま、洞窟を出てフィンブルドラゴンの下へ向かおうとするギルド長を慌てて止める。
「おい、待て。準備はしないのか? 道具や状況の確認。フィンブルドラゴンの情報を整理するとか」
「んなことする訳ないだろ! フィンブルドラゴンは俺のことを一切知らない訳で、こっちが色々と準備したら対等じゃないからな!」
全く意味が分からないが、ギルド長なりのこだわりなのだろうか。
この様子だとそもそも何の準備もしていなさそうだし、無鉄砲過ぎて恐ろしい。
洞窟を出て、山を登り始めたギルド長の後をついていき、フィンブルドラゴンの気配がある北の山の火口跡へと一直線で向かう。
生物として違いすぎて、気配から勝てるか勝てないかの判別をつけることもできない。
模擬戦でも洞窟内での小競り合いからも考えて、俺の方がギルド長より確実に勝っているはずで、俺より確実に弱いはずのギルド長なのだが……。
ズンズンと山を登っていくその後ろ姿は頼もしく見えている。
言動や性格から、なんでこの人がギルド長だったのか甚だ疑問だったが、なんとなく冒険者ギルドの長である理由が分かった気がした。
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