第110話 猛獣


 気配的にギルド長ではないと予想していたのだが、壁にもたれかかって座っているのは紛れもなくギルド長。

 弱々しい気配から察するに致命傷でも負っているのではないかと思ったが、色々な箇所に傷は負っているものの軽傷。


 無駄な体力を使わないよう、気配を抑えてやり過ごしていたと考えるのが正しそうだ。

 今思い返せば、豪快すぎる性格に似合わずに気配を断つこともできるんだもんな。

 

 軽く騙された気分になるが、致命傷を負っていると勝手に思い込んだのは俺。

 今回ばかりはギルド長に非はないが、とりあえずマイケルから依頼があった通り連れ戻すか。


「ギルド長。寝ているのか?」


 軽く声を掛けたが返事は返ってこない。

 【ファイア】の魔法でかなり明るくしているのだが、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。


 それから何度か声をかけ、肩をゆすって起こそうとしたのだが……全く起きる気配がない。

 こうなってくると水魔法で水をぶっかけるか、思い切りビンタでもして物理的に起こすかの二択。


 ただ、ギルド長といえど雪山で水魔法をぶち当てるのは流石にまずいだろうから、思い切り頬を引っぱたくのが良さそうだ。

 ブチギレないかだけが心配だが、何度か起こしたのに起きなかったのが悪い。


 俺は腕を振りかぶり、気持ちよさそうに眠っているギルド長の顔をビンタしようとしたその瞬間――。

 急に目をあけたギルド長は、俺のビンタが頬に触れるよりも先に殴りかかってきた。


 寝ていなかったのではと思うほどの反応速度だが、俺から漏れた僅かな殺気を察知して目を覚ましたのだろう。

 表情は何も理解していない様子で、反射的に拳を突き出しているのが分かる。


 なんとか顔目掛けて飛んできた拳を受け止め、剣を抜こうとしているギルド長を取り押さえるために腕を回して関節を決める。

 手首を取って裏へと回し、肩を地面に押さえつけたのだが――馬鹿力だけで打開しようとしてきたギルド長に俺は声をかけた。


「落ち着け。俺だ、ジェイドだ。マイケルからの依頼でやってきた」

「んだと!? ジェイドの野郎か!! 俺に再戦を申し込みにきたのかよ!」

「違う。マイケルからの依頼だって言っているだろ。ひとまず落ち着け」

「てめぇが押さえつけているから暴れてんだろうがッ! とっとと離しやがれ!」

「離したら襲ってきそうで怖い。しばらくこのまま会話をしていいか?」

「――殺すぞ!」


 痛みなど顧みず、完璧に極まっている腕を無理やり動かし始めたため、俺は仕方なく手を離した。

 そして即座に立ち上がると、問答無用で襲い掛かってきたギルド長。


 行動が魔物より狂暴で嫌になるが、落ち着くまで躱しつつ水魔法で頭を冷やさせよう。

 雪山で水魔法は流石にやめておこうといったばかりだが、頭に血が上っている以上仕方がない。


 【ファイア】の魔法を消し、洞窟内を真っ暗にした。

 ギルド長の視界を奪い、安全圏から水魔法で頭を冷やさせる作戦だったのだが……。


 ギルド長は俺の位置を正確に見切り、捕まえようと動いてくる。

 俺と同じように夜目が利くのかと思ったが、驚くことに目を瞑っている。


 呼吸音や足音などの細かい情報と、第六感だけで正確に俺の位置を割り当ててきている様子。

 本当に獣のような人間で驚くが、俺はこの暗い洞窟の中でも目が見えているため、正確に位置を特定し捕まえようとしてきたものの楽々と躱していった。


 無駄に音を立てて錯乱させつつ、【ウォーターバブル】の魔法でちょっとずつ濡らしていく。

 体を激しく動かして体の冷えをなんとかしようとしているようだが……。

 ところどころで風魔法の【ブリーズブレス】で風を吹かせたことで、五分と経たない内に冷えが上回り、ガタガタと体を震わせ始めた。


「そろそろ頭が冷えてきたんじゃないか? 大人しくするというならもう水をかけるのを止めて、火属性魔法で暖を取ってやるぞ」

「だ、だ、誰が大人しくずるもんが! ぜ、ぜ、絶対にジェイドを取っ捕まえでやる!」


 威勢だけは良いものの、歯もガタガタと震えているし動きもかなり鈍くなっている。

 可哀そうになってきたが、襲い掛かってきているのはギルド長の方なので、降参というまで徹底的に水魔法と風魔法で頭を冷やそうか。

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