第144話 嫌な敵


 ゆっくりと近づいていき、間合いに入った瞬間に一気に近づく。

 そして喉元に短剣を突き立てたのだが、アバルトは俺の振った短剣をギリギリで躱してきた。


 緩急を使い、暗いこの部屋での効果的な攻撃を行ったのだが、対応してきたところから見て俺と同じく夜目が利く。

 やはり俺と似た人種なのは間違いないし、剣を躱してきたことから実力者であることも分かった。

 

 ……が、戦い方は特に変える必要はない。

 アバルトの動きを見てそう判断した俺は、とにかく距離を詰めて短剣を振って攻撃を加えていく。


「やはり速いですね。思っていた通り、相当な腕の持ち主だ」


 片手剣と盾で防いできているが、俺の速度には完全に対応できてはいない。

 ただ慣れれば対応できる速度と判断したようで、余裕の表情を浮かべている。


 そんなアバルトに対し、俺は顔色一つ変えずに短剣を振り続ける。

 早くも膠着する予感が流れていた戦いであったが、先に動いてきたのはアバルト。


 俺の動きに慣れたからか、それとも防戦一方のまま戦いが膠着するのを恐れたのか、ガードに使っていた片手剣で反撃をし始めた。

 反撃のタイミングが非常に絶妙で、最初の数回は腕に軽く攻撃を受けてしまったが……攻撃を加えてきたお陰で、俺はアバルトの攻撃のリズムを掴んだ。


 反撃のタイミングが絶妙すぎるが故、読みやすい攻撃に合わせ――振ってきた片手剣の攻撃に合わせて風魔法をぶち当てた。

 剣を持つ右脇腹に、無詠唱で放った【エアロタンビランス】の魔法が直撃。


「うぐアッ! ま、魔法……それも無詠唱で使えるなんて聞いていませんッ!」


 バランスを崩しながら恨み言を呟いたアバルトを、冷静に攻め立てていく。

 盾で必死に防いでいるアバルトだが、あばらの痛みからか右半身の動きが若干鈍い。


 コンマ数秒ではあるが遅れている僅かなズレを逃さず、まずは右腕の腱を斬り、太腿に短剣を突き立ててから素早く脇腹を深く突き刺した。

 仰向けに倒れたアバルトを上からホールドし、いつでも喉元に斬り裂けるように押し当てながら、情報を聞き出すことに決める。


「叫んだらすぐに殺す。負けたんだから俺の質問に答えろ」

「いやぁ……本当にお強いですね。魔法も隠していたなんてズルいですよ。ただ、最後の畳みかけを最初にやられていても、私は対応できませんでしたよ。随分と慎重な方なんですね」


 叫んで仲間を呼ぶ様子は一切見せていないが、怯える様子もなく淡々と今の戦闘についてを振り返り、俺を分析した結果を話し始めたアバルト。

 至るところから血が漏れ出ており、脇腹の傷に至っては致命傷なはずなのだが、柔和な笑顔を崩さないまま微笑みかけてきている。


「負けたというのに随分と口数が多いな。負け惜しみのようなものか?」

「いえいえ、戦う前から勝てないことなんて分かっていましたから。私の想像よりも、あなたが私を倒すのが遅かったと心から思っただけです」


 動揺を誘っているとかではなく、嘘偽りない本心からの言葉。

 それだけにやはり最初に抱いた感情通り、アバルトに対する嫌な感情が増していく。


「倒されると分かっていたなら、なぜ仲間を呼ばなかった? 理由があるのか?」

「私からお答えすることは何もありません。でも、あなたがこの質問にお答え頂けたら、私も質問を答える気になるかもしれません。……あなたは何者なんですか?」


 首元に短剣を押しつけられているのにも関わらず、澄み切った目で俺を見つめながら質問してきたアバルト。

 死ぬ前に教えてやってもいいと戦う前は思っていたが、この態度から何か裏があると直感的に感じ取った。


「答えないなら教える義理はない。中々の手練れだった」

「なら私から答えますので、その後に教え――」

 

 アバルトが何か言いかけたが、俺は最後まで聞かずに喉を掻っ切った。

 それからすぐに心臓を一突きし、息の根が完全に止まったことを確認。


 念のため死体を燃やしたいところではあるが、隠密行動を取っている中でそんな目立つ動きはできない。

 殺したアバルトの死体を目立たない場所に移動させてから、俺は気を取り直してヴァンダムの下へと向かう。


 強さはそこまでであったが、アバルトが非常に厄介な人物だっただけにヴァンダムへの脅威が俺の中で若干薄れつつあるのが少し怖い。

 未だにアバルトが死ぬ前に何か仕込んだのではと勘繰ってしまっているため、殺してもなお勝った気分にはなれないな。


 仲間を呼ばなかった理由も気になる……っと、これ以上アバルトについて思考するのも向こうの思う壺なはず。

 短剣を鞘に納め、頬を一度叩いて気を引き締めてから、真下にいるヴァンダムの下へと移動を開始した。



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