第299話 奥の手


 ほとんどの魔力を注ぎ込んでぶっ放し、至近距離から直撃させたのに生きているのか。

 ただ流石に体への傷も見られるし、至る所から血も流れているのだが――クロは笑っている。


「……ふふ、ギリギリのところでガードが間に合って良かった。そんな攻撃を教えた覚えはないがどこで覚えたんだ?」

「今の一撃でも倒れないって、やっぱりお前は化け物だな」

「久々に痛かったぞ。可愛い子供のように思っていたが……もうジュウは楽に死ぬことはできない」


 顔をニヤけさせた状態で、ゆっくりと近づいてくるクロ。

 服が所々破けたことで老人とは思えない鋼のような肉体が見えており、ボロボロの状態なのに圧が凄まじい。


 何故、これだけの力を持っていて暗躍という手段を取ったのか、まるで理解ができない。

 冒険者をやっているだけで勇者と崇められ、英雄として未来永劫語り継がれたはずなのだが……クロはそれだけでは満足できなかったってことなのだろう。


「もうお遊びはなしだ。全力でいかせてもらう。……ジュウ、お前もまだ笑う余裕があったのか」

「そうか。俺も笑っているのか。久しぶりに楽しくなってきているのかもしれない」


 全てのリミッターを解除させ、見たこともないような姿のクロを見て、俺も先程からワクワクが止まらない。

 これがクロの全力ならば――俺も初めて人前で全力を出すことができる。


「楽しい? これから行われるのは一方的な虐殺だ。魔力の切れたジュウに本気の私を止める術はない」

 

 そんな言葉と同時に、真正面から突っ込んできたクロ。

 無駄のない動きで、最速の斬撃が俺の首元狙って振り下ろされた。


 その瞬間――俺は初めて人前でスキルを発動させる。

 人知れず練習を重ねてきた、今まで使う機会のなかったスキルをようやく使えることへの楽しさで笑いながら……【思考加速】で思考速度を上昇させて剣を避け、【戦鬼咆哮】でクロの動きを止める。


 そして【疾風蝶舞】で俺の周囲に風の蝶を舞わせ、動きの止まったクロのみぞおちに【嚇怒龍撃】の一撃を叩き込んだ。

 勢いを殺し切れなかったクロは下水道を転がり、そこに舞わせていた【疾風蝶舞】で追撃をかける。


 フィンブルドラゴンの角での魔力波も相当なものだったが、【嚇怒龍撃】と【疾風蝶舞】のコンビネーションも相当なものだろう。

 クロは膝を着いており、その表情には先ほどまでの余裕がない。


「……ど、どうなっている? ジュウがスキルを使うことができるなんて聞いたことがない!」

「奥の手は、相手が奥の手を使う時まで見せるな。……これもお前から教えてもらったことだったな。俺は律儀にお前の教えを守っていたんだ。というか、奥の手を使うほどの相手と出会ったことがなかった」

「……スキルが使えないと言っていたのは、私に嘘を吐いていたのか」

「いや、拾ってもらったころは本当にスキルが使えなかった。ただ俺は特殊体質だったみたいだ」


 今使用したスキルは全て特殊スキルであり、俺は後天的にスキルを得ることができる特殊体質だった。

 スキルを得るタイミングは決まっていて、人を殺した時に殺した相手が持っていたスキルをランダムで一つ得るというもの。


 クロに殺人を行う道具として使われたことで、俺は様々な人間から様々なスキルを入手することができた。

 そのお陰でこうしてクロを初めて脅かすことができているのだから、少しぐらいは感謝してもいいのかもしれない。


「……い、意味が分からない。ジュウ、お前は俺にここで殺されるべきなのだ。これからの世界を考えたら絶対にな! ――【瞬閃】!」


 膝立ちの状態からスキルを発動させ、再び剣を振ってきたクロ。

 あっという間に俺の目の前で突っ込んできたが、【思考加速】を使用しているため余裕で反応できている。


 剣を躱しながら前蹴りで軽く距離を取ってから、俺は【神閃】のスキルを使ってクロの顔面を拳で捉えた。

 クロの使った【瞬閃】よりも速い、【神閃】の速度には反応できなかったようで、今度こそ受け身を取ることができず、クロは大の字で仰向けになった。


「……な、何が起こっているんだ? 私が押されている……?」

「全力を出さずに勝負を進めていれば、勝ち目はあったかもしれないな。ただ……やっぱりスキルでの戦闘は面白くない。クロとは素の状態で決着をつけたかった」

「素の状態で勝ちたかった――だと? お前は私に勝った気でいるのか?」

「俺を拾って育ててくれたことへの感謝はしている。お陰で素敵な人達と出会うことができたからな」

「だから、なんでお前が勝った風な言い回しなんだ!? お前はここで私に殺されて――」

「ただ、クロ。流石にやりすぎた。もう見逃せる域を超えている」


 足を震わせながら、何とか立ち上がろうとしているクロの目の前までやってきた。

 俺に見下ろされていることがよっぽど屈辱的なのか、噛み締めているクロの下唇からは大量の血液が流れ出ている。


「安らかに眠ってくれ」

「ジュウ、き、きさま――ッ!」


 転がっている勇者の剣を握ろうとしたところを、俺は短剣でクロの首を斬り裂いた。

 大量の血液が噴射し、両手で首を抑えながら俺を睨みつけている。


 これまでの悪党とは違い、死の淵でも命乞いをしてこなかったことは良かった。

 心の中で本気で感謝をしてから、少しでも早く楽になれるように心臓に短剣を突き刺してトドメを刺す。


 両目をかっ開いたまま、俺を睨むように死んでいるクロ。

 本心から最後はスキルを使っての大味な戦闘ではなく、技術と技術の戦闘を行いたかったな。


 それと……帝国の象徴ともいえる帝城での決戦となると思っていたが、まさか帝都で一番汚い場所である下水道での戦闘。

 育ての親との決戦にしては場所が悪すぎる気もするが、元暗殺者の俺と裏で暗躍し続けていたクロの戦いと考えたら、人の目に入ることもない汚い下水道が一番お似合いの場所だったのかもしないな。


 何とも言えない感情が溢れながらも、俺はクロの死体を下水道に残してその場を後にする。

 『グランプーラ』に残してきたゼノビア達も気になるし、すぐに戻ると言ったのだが……体の疲労がドッと出て来てしまった。

 ぐしゃぐしゃの体の状態で、全てを終えた俺は夜の帝都を虚ろな表情で歩いたのだった。


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