第300話 目覚め
クロとの決着をつけたあと、俺は一人兵舎へと戻ってひたすら眠った。
途中でゼノビアが来てくれたような気がしたが、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたことから、起きることができずにひたすら眠り続けた。
そしてようやく目が覚めたのだが、眠ってからどれくらいの時間が経っているのか理解できず、一番最初に頭に過ったのは死んだクロの表情。
気分の良いものではなく、また睡眠に逃げたくなるほどの心境だったが、これ以上寝続けたら死んでしまう。
体が飲み物を欲している気持ちだけで何とかベッドから這いずり出た俺は、水を求めて水道へと向かった。
アラスターからあまり飲まない方が良いと忠告を受けていたが、あまりにも喉が渇いていたため、水道の水をガブガブと飲んでいく。
乾き切った体には本当に美味しく感じられ、軽い鬱状態に入っていた気持ちも少し和らいだ。
気持ちが落ち着くと、またすぐに寝たくなってくるのだが……俺はそんな気持ちを押しのけ、小さく独り言を呟いた。
「…………早くヨークウィッチに帰ろう」
頭の中がクロで埋め尽くされていた中、そんな呟きと共に思い出していくのは関わってきた人達の顔。
レスリーやヴェラ、スタナの顔を鮮明に思い出し、そのお陰で徐々に元気が出てきた。
すぐにでも戻るべく、ゼノビアに丸投げしてしまっていた後処理を行わないといけない。
軽くストレッチをして凝り固まった体をほぐしてから、俺は隊長室に向かった。
ノックをすると返事があり、ひとまずゼノビアが死んでいないことが確認できて一安心。
俺がクロを仕留めていたとはいえ、『モノトーン』のアジトである『グランプーラ』に残していたからな。
胸を撫でおろしつつ、俺は扉を開けて隊長室に入った。
「――おお、ジェイドか! もう大丈夫なのか!?」
「ああ。お陰様で起き上がれるくらいには回復した。すぐに戻るといったのに、勝手に休んで悪かった」
「いやいや、心配はしたが無事で本当に良かった。一体何があったのか聞きたいが今日はまだ早いか。ゆっくりと休んでくれ」
「もう回復したから気を使わなくても大丈夫だぞ。こっちはというと――この国の執政官であるブレナン・ジトーをこの手で殺した」
「やはりそうだったか。寝ていたから気づいていないと思うが、巷で大騒ぎになっているぞ。まだ死体も見つかっていないみたいで、必死になって探し回っている」
「そうか。ゼノビアは俺のことを言わなかったのか?」
「当たり前だ。もうジェイドのことを信用しているし、『モノトーン』と繋がりがあったのだろう? 裏の連中の動きも鈍くなっていることからも、私はジェイドが行ったことが正しいと確信している」
真っすぐな眼を向け、俺にそう言ってくれたゼノビア。
アルフィやセルジもそうだったが、本当にありがたいな。
「ゼノビア、ありがとう。その言葉だけで救われた気持ちになる」
「ふふふ、随分と弱っているみたいだな。そんなにブレナンは大事な人だったのか?」
「どうなんだろうな。かなり難しいが……大事な人だったのかもしれない」
「そうか。それは大変だったな。いつでも泣いていいんだぞ」
「ありがたいが……泣けはしないな」
俺が笑うとゼノビアも小さく笑った。
「それは残念だ。ジェイドに関しては常に強いところしか見ていなかったからな。少しくらいは、仮ではあったが上司らしいことを見せたかったんだが」
「十分に見せてもらっていた。ゼノビア、改めてありがとう」
「気にしなくていい。約束していた通り、私が『モノトーン』を壊滅させた手柄を頂いたからな。大変だった以上に報酬を頂いている」
「手柄を挙げられたなら良かった。ゼノビアなら、更に上に立ったとしても安心だ」
「ジェイドからそう言ってもらえるのは光栄だな。……それで、ジェイドはこれからどうするんだ? 残りたいということなら、私は歓迎するぞ? ジェイドからはまだまだ指導してもらいたいからな」
これまたアルフィやセルジ、兵士長に続いて、ありがたい言葉を頂けた。
俺なんかを必要と思ってくれているのは、言葉では言い表せないぐらいの嬉しさが込み上がる。
……ただ、俺の帰る場所はヨークウィッチであり、帝都には留まることができない。
「ありがたいお誘いだが、前から言っていた通り帝都はすぐに去るつもりだ。ゼノビアもアラスターも良いやつだし、俺ももっとゼノビアの指導はしたいんだけどな」
「そうか……それは残念だな。こうしてタメ口で話してくれるのも、ようやく慣れてきたというのに」
「まぁ二度と帝都に戻らないということはない。仕事の関係上、また来ることもあるだろうし、その時は寄らせてもらうつもりだ」
「ああ、いつでも寄ってくれ。歓迎させてもらう」
ゼノビアと笑顔で握手を交わした。
近寄り難い帝都だが、ゼノビアのお陰で一つ帰る場所ができた。
「それで、いつ出発してしまうんだ?」
「出立するタイミングはゼノビアの都合だな。『モノトーン』についての後処理とかを手伝えることがあれば手伝わせてもらう。俺が色々と引っ掻き回してしまったことだしな」
「後処理ならもう終わっているぞ。ジェイドが寝ている間に全てが終わっている」
「そうなのか。……なら、もう特にやることはないのか?」
「そうだな。『モノトーン』関連では何もないと思うぞ」
「そういうことだったら、早いが明日には発たせてもらう。辞める手続きとかをさせてしまうがよろしく頼む」
「任せてくれ。一日持たずに逃げるのも多いから、退職手続きは慣れている。それじゃ今日はジェイドの送別会だな。――と、その前に最後の指導をつけてもらってもいいか? 明日発ってしまうなら今日しかないからな」
「体がまだ万全ではないが、指導ならつけられるぞ。世話になった分まで丁寧に指導させてもらう」
「それはありがたい。是非よろしく頼む」
こうしてゼノビアと共に訓練場へと向かい、最後の指導を行った。
その後はアラスターも交えて送別会を開いてもらい、帝国騎士の大変な話を聞かせてもらいながら、俺は帝国騎士としての最後の一日を心から楽しんだのだった。
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