第55話 実力


 マイケルとフードの女の一対一ならば、若干マイケルが優勢のようにも見えるが、黒服の男二人の動き次第ではあっさり負ける。

 そんな予想を立てながら、戦闘の行方を見守っていると――先に仕掛けたのはマイケルからだった。


 何らかのスキルを発動させつつ、レイピアでフードの女の足を狙っているのが分かる。

 剣先を揺らしながら的を絞らせないようにし、体の向きは肩を狙うように見せかけた上での突き。


 一直線で肩に向かって突かれているが、途中でしならせたレイピアの剣先はフードの女の太腿目掛けて曲がった。

 フードの女も流石に意表を突かれた様子だったが、逆に膝蹴りのような形でレイピアに動きを合わせ、右足を犠牲にすることでマイケルのレイピアを蹴り飛ばした。


「流石は冒険者ギルドの副ギルド長。全然動きが読めなかったよ」

「対応されたのだから、褒められても嬉しくはないね」


 普通ならばこんな路地裏で見られないレベルの高い攻防に、もっと近くで見たい欲が出てくる。

 右足を貫かれたフードの女と、レイピアを失った副ギルド長のマイケル。


 今のところイーブンだし、近くで見れないとしても二人の決着がつくまで見たかったが……。

 フードの女が黒服の男二人に指示を飛ばしたのが分かった。

 

 一対一のままなら見守ろうと思っていたが、流石にこの状況での三対一はマイケルに勝ち目はない。

 屋根上から一気に駆け出し、俺はマイケルと黒服の間に降り立った。


「……は? お前、どっから湧いてきやがったッ!」


 フードの女の問いに返答はせず、俺は無言のまま黒服の二人に襲い掛かる。

 急に現れた俺に対しても慌てる様子を見せず、しっかり構えられているのは合格だが、単純に技量が足らない。


 剣を引き抜き、振り下ろしてきた一撃を躱しつつ、みぞおちにドギツイ一撃を叩き込む。

 体がくの字に曲がり、地面に膝を着くと同時に吐瀉物を吐き出した。


 そのショッキングな光景に、もう一人の黒服は思わず俺から視線を外したようで――。

 俺はその一瞬の隙を逃すことなく、死角に潜り込んで顎先を拳で掠り取る。

 脳震盪を引き起こし、立っていられなくなったもう一人の黒服も頭から地面に倒れた。


 下に降り立ってから、五秒もかかっていない瞬殺撃。

 冒険者ギルドで倒した三バカよりかは時間はかかったが、場の空気を一変させるには十分すぎる速度。


「お、お前は何者だ! ……ま、まさか、噂のジュウか?」


 最近は自分でも分かるほど感情が豊かになってきたせいもあり、フードの女が発した『ジュウ』という俺の前の名に反応しかけたが、ギリギリのところで無表情を貫く。

 なんで王国にいる人間が俺の前の名を知っているのか、この女を殺してでも今すぐに聞き出したい感情に駆られたが、真横にマイケルがいるため冷静に対応する。


「残念だが、噂のジュウってのは知らない」


 短く簡潔にそう返答してから、俺は太腿を怪我しているフードの女にゆっくりと近づく。 

 女は腰から引き抜いた二本の剣を構え、間合いに入った俺に対して両手で攻撃を仕掛けてきたが、そんな左右から繰り出される変幻自在の攻撃を、懐から取り出した短剣一本で簡単に捌く。


 攻撃されても歩くペースを変えない俺に対し、引き攣っていた表情を更に引き攣らせており、マイケルに見せていたさっきまでの余裕は何処へやら――。

 今にも恐怖で泣き出しそうな顔つきに変化している。


「フードで良く見えなかったが、中々いい顔をしている」

「来るな、来るな、来るなッ!!」

「ちょっと待て! それ以上はやめろ!」


 俺がフードの女の右腕を掴んだ瞬間に、マイケルの制止の声が飛んできたが――。

 俺は止めることなく腕を無理やり動かし、フードの女が握っていた剣を喉元に突き立てた。


 大量の血が噴き出しながら倒れ、口をパクパクとさせながら俺を睨みつけてくるフードの女。

 次第に目の力は弱くなっていき、目を見開いたまま死んだ。


「…………おい、止めたのになんで殺したのかね?」

「すまない。殺されると思って、自衛のために殺してしまった」


 飛ばされたマイケルのレイピアを拾い上げ、俺は残念そうな声色を作ってそう言葉を返した。

 フードの女からは死の臭いが強く発せられていたし、『都影』と共にいたということは完全な悪者。


 勝手な判断ではあるが、俺の中で殺してもいいという判断に至った。

 ……まぁ『ジュウ』の名を知っていたから、余計な情報が漏れないために殺したのもあるが。


「……いや。助けられたのは私の方だし、責めるのはおかしいな。それよりも君は一体何者なんだ?」

「通りすがりの人間って説明じゃ納得できないか?」

「もちろん納得はできないが、納得しないと殺されるのであれば納得するしかないだろうね」

「別に脅すつもりはない。俺から話を詳しく聞きたいのであれば、場所を移したい」

「聞かせてくれるのであれば、ぜひとも聞かせてほしいね。場所の指定はあるのかな?」

「一時間後に『パステルサミラ』って店で待っている。大丈夫か?」

「もちろん大丈夫だとも」


 マイケルとそんな約束を交わしてから、俺は黒服二人とフードの女の死体を残し、北の富裕層エリアから立ち去った。

 予定からは大きく狂ったし、マイケルに色々と見られてしまったが致し方ない。


 人を助けるに当たって実力を見られないようにするのは、ほとんど不可能に近いからな。

 悪者以外は殺せない縛りがある以上、今後は覆面でも被って行動した方がいいかもしれない。

 そんな反省をしつつ、俺はマイケルとの約束の時間まで時間を潰すことにした。

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