閑話 飲み会


 昼間に詰所にやってきたジェイドという行商人と、二時間ほど酒を飲みながら雑談を交わした。

 雰囲気は堅いが、気は良いおっさんって感じの印象。


 『バリオアンスロ』について知りたがっていると聞いたから、俺としては何かしらの関係者だと踏んでいたのだが……。

 話した限りではそんな様子は見受けられなかった。


 尻尾を出させるために酒を結構飲ませたつもりだったんだが、一向に酔う気配がなかったからな。

 俺なら確実に潰れている量の酒を軽く呑み干し、平気な足取りなまま帰っていってしまった。


「セルジさん、珍しく予想が外れましたね! ジェイドさんはただの気の良い行商人だったでしょう? 雪山の話とか鉱山の話とか面白かったですしね!」

「確かに『バリオアンスロ』の関係者ではなさそうだな。ただ、俺はまだ疑っているぞ。色々と怪しい点が多いからな」


 行商人にしては、醸し出している雰囲気が歴戦の猛者だった。

 この街に来たばかりと言っていたのに、『バリオアンスロ』について調べているのもおかしいしな。


 アルフィに説明していたように、取引相手になりうるかもしれないから知りたかったというのは話の辻褄は合うが、そもそもジェイドが行商人であること自体を俺は疑っている。

 ジェイドが行商人でなければ、俺達に説明していた全てが嘘だったということになる。


「セルジさんは色々と疑い深いですもんね! 仕事の態度は不真面目なのに、変なところを気にするんですもん!」

「仕事をできる限りサボるために、無駄な厄介ごとは避けたいんだよ。とにかくジェイドとはあまり関わるなよ。まだ頼まれている任務も一切進展がないんだしな」

「えー! 僕、今度色々と教える約束しちゃいましたよ! 煙玉だって凄くなかったですか?」


 アルフィの言う通り煙玉の威力も想像以上だったが、やはり気になるのはジェイドの動き。

 仮にも俺は元ゴールドランク冒険者であり、兵士となってからも鍛錬だけは積んできた。


 そんな俺が足を蹴られるまで気づかなかったし、倒されてからの拘束までの動きも尋常ではなかった。

 完璧に不意を突かれたのは間違いないし、簡単に無力化させられたから大きく見えているってのもあるとは思うけどな。


「煙玉は確かに凄かった。目晦ましなんて誰でも思いつくようなアイテムなのに、流通していなかったってのも面白いよな」

「優先順位的には低くなっちゃいますしね! まずは回復アイテムで次に攻撃アイテムで! 目晦ましは一見使う場面がなさそうですもん!」

「だな。魔物相手では効かない敵もいそうだから手が伸びづらい。ただ、対人では驚くほどに刺さるアイテムだと思えた」


 ジェイドから貰った煙玉を取り出し、眺めながらそう感想を漏らす。

 煙玉には小さく『シャ・ノワール』と書かれており、恐らくこの名前の店が開発したのだろう。

 王国では人気になっていると言っていたし、この店は大儲けしていそうだ。


「しかも目晦ましだけじゃなくて、毒も同時に撒き散らすものもあるって言ってましたよ! 視界を奪いつつ、煙の中に留まっている人間の身動きも封じる! 凄いアイテムだと思いました!」

「『バリオアンスロ』の拠点にぶん投げれば、一気に無力化することができるかもな」

「それはどうなんですかね……? 獣人だと普通に動いてきそうですけど!」

「一個とかじゃ動いてくるだろうな。ジェイドが持っている個数によっては、毒煙玉を買い占めてもいいかもしれない」

「あれれ? セルジさん、ほんの少し前に関わるなって言ってませんでした?」


 急にムカつく顔で俺を煽ってきたアルフィ。

 普段からこんな感じではあるが、酒が入るとより鬱陶しい感じになるんだよな。


「アイテムを買うのは別だろ。プライベートで関わるなってことだ」

「まぁ僕は何でもいいですけど、ジェイドさんとの交渉は僕が行ってきます! とりあえず近い内に連絡を取りますね!」

「は? もう連絡を取る手段を持っているのか?」

「宿泊している宿屋を教えてもらいましたし、僕達は基本的に詰所にいることを伝えました! 夜はここで飲んでいることも知っていますし、また来てくれるんじゃないですかね?」

「ですかねってお前なぁ……」


 さっきまでの忠告が全く意味を成さなかったことが分かった。

 アルフィは本当にどうしようもない奴だが、毒煙玉が有用なのもまた事実。


 ここは多目に見て、俺がしっかりと目を光らせておけば大丈夫だろう。

 そう心の中で決めつつ、俺はグラスに入っているウイスキーをちびちびと飲みながら、陽気に喋るアルフィの話に耳を傾けたのだった。


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