第32話 断末魔


 確か……この辺りから悲鳴が聞こえたはずだ。

 悲鳴の聞こえた場所に近づけば騒ぎになっていて、すぐに何が起こったのか分かると思っていたのだが、俺の予想に反して辺りは静まり返っていた。


 ギルド通りの外れの方で、元々人通りの少ない場所だったというのもあるだろうが、それにしても不気味なほど静かだな。

 周囲には飲み屋が何軒か立ち並んでいるが、まだ昼前ということもあって全て閉まっている。


 こんなところで悲鳴が起こるということは、完全に事件の臭いしかしない。

 俺は屋根上へと登って様子を窺っていると、とある一軒の飲み屋から一人の男が出てきた。


 清潔感溢れる若めの男で、一見普通の人間にしか見えないのだが……長年人を殺してきた俺だから分かる。

 ――こいつは確実に何人も人間を殺めている。


 それに、綺麗にしているようだが死臭が隠せていないことから、直近で誰かを殺めていることも確定。

 もしかすると、さっきの悲鳴はこの男が誰かを殺った時の悲鳴か?


 そうなってくると、怪しいのは今出てきた飲み屋。

 男の方を直撃してもいいのだが、何の証拠も持っていなければ逆に俺が兵士に捕まってしまう。


 男が遠くへ行くのを確認してから、俺は男が出てきた飲み屋に侵入してみることに決めた。

 周囲に人がいないことを再確認し、音もなく屋根から地面に着地。


 いつもポケットに忍ばせている針金を二本取り出して、速攻でピッキングを開始した。

 単純な鍵ならば三秒とかからず開錠できるのだが、この扉はかなり複雑な錠がかけられているせいで時間がかかる。


 僅かな音を頼りになんとか開錠した俺は、扉の奥に誰もいないことを確認してから静かに飲み屋に侵入した。

 ……ふぅー。少し焦ったが何とかバレずに侵入することに成功。


 ただやはりというべきか、普通の飲み屋でここまで複雑な錠前にするなんてことはありえない。

 富豪の家に近い錠と同じものを使っていることからして、俺の中での疑いが確信へと変わった。


 そんな怪しさしかない店内は真っ暗で、作り自体は普通のバーのような感じ。

 それも普段は普通に営業しているのか、グラスや酒なんかも直近で使われた痕跡がある。


 強いアルコール臭が強烈に臭ってくるけど、隠しきれていない死臭も店の奥から漂っているな。

 店内に人の気配はしないが、念には念を入れて音を立てないように移動し、死臭を頼りに店内を探っていく。

 

 そして、トイレの脇の小さな用具室。

 モップやバケツや雑巾、それから店の備品なんかが詰められているこの狭い用具室の奥から強烈に臭う。


 古い金持ちの家なんかにはよくあったカラクリ部屋と同じで、モップの位置を正しい位置に置くと……カチャリという開錠された音が鳴り、地下へと続く扉が現れた。

 明らかに駄目な場所に首を突っ込んでいる気がするが、ここまで来て引き返す選択肢はない。


 地下へと続く階段をゆっくりと下りて行くと再び扉が現れ、店の扉と同じ複雑な錠がかけられていた。

 ただ開く鍵は違えど、構造は似たようなものなので今度は素早く開錠。


 俺は用具室の隠し扉の先にある扉を開き、地下室へと下りて行く。

 地下室に入った瞬間、鼻を衝いたのは血なまぐさい俺にとっては嗅ぎ慣れた臭い。

 

 それから、地下室の真ん中で死んでいる男の姿が飛び込んできた。

 喉を潰されてから痛めつけられて殺されたようで、かなり惨たらしい死体となっている。

 悲鳴以降に何も聞こえなかったのは、喉を潰されたからだったか。


 服装は何年も繰り返し着たようなボロい服で、体は鍛えられているが痩せ気味。

 体には生傷の他に古傷も多く見られ、一番特徴的なのは首元の小さなトカゲのタトゥーか。


 死体がまだ温かいことから、俺はこの男の叫び声を聞いたのだと思う。

 部屋の中にはこの男の血だけじゃなく、古い血痕がいくつも残っていることから、何十人とこの部屋で殺されているのが分かった。


 最初は同業者かとも思ったけど、殺しのやり方や死体の状況から見て違う。

 ここはチンピラのたまり場か、犯罪者集団の縄張りってところだろうな。


 そして、この死体の男は元は仲間で粛清されたと見た。

 手を見れば、生前どんな人間だったのかは大体判別がつく。


 それと首元に入っているトカゲのタトゥー。

 この地下室内にも似たようなマークが貼られてあることから、これがここを縄張りにしている集団のトレードマークのようなものなのだろう。


 そこまで考察したところで部屋をもっと捜索したい気持ちになったが、これ以上の捜索は危険と判断。

 死体が転がっているということは、さっき部屋を出て行った奴が死体処理のためにすぐ戻ってくる可能性が高いからな。


 悲鳴を上げた人間が手遅れなことが分かったし、さっさと引き上げようと思ったその瞬間――店の扉が開いた音が聞こえた。

 俺が店に入ってから、三分ほどしか経過していないのにもう戻ってきたのか。


 遠くに行ったように見えたが、少し離れた場所にいる仲間を呼びに行ったのだろう。

 店内に入ってきた足音は二人分のものが聞こえる。

 鍵が開いていることに慌てたような会話をしていないことから、侵入した俺の存在に気づいていないフリを装っているが、後ろの人間の歩調が乱れたのが分かるため何かしらの指示を飛ばしたはずだ。


 さて……ここからどうしようか。

 さっさと引き上げるつもりだったけど、こうなってしまっては簡単に引き上げることはできない。


 この地下室をぶっ壊して無理やり逃走を図る選択肢もあるけど、無駄に疲れるしあまり現実的ではないか。

 後々追われるハメになるのも面倒くさいし、ここで片をつけるとしよう。


 人はもう殺さないと決めていたけど、殺されるだけのことをしてきた人間なら殺されても妥当。

 どうするかはこの目で判断するが、魔物以下の外道と判断したら容赦なく殺す。


 久しぶりにスイッチを入れた俺は、隠れることはせずに地下室の真ん中で立ち尽くし、上にいる二人の人間が下りてくるのを静かに待つ。

 それからカチャリという扉が開く音がした後、ゆっくりと階段を下りてくる一人の男。

 先ほどこの店から立ち去っていった奴と同一人物で、余裕そうな笑みを浮かべていた。


 服装は高そうな黒い革のロングコート。

 腰には二本の剣を納めており、顔は傷一つなく悪人には見えない整った容姿。

 ただ浮かべる笑顔は邪悪そのもので、俺は元雇い主であるクロと似た臭いをこの男から感じた。


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