第117話 手際の良さ


「そんな危険なフィンブルドラゴンと対峙して、無事に戻ってこられたのは良かった。素材はきっちり半分貰ったからな」

「もちろん構わないよ。半分どころか全て君に渡したいところだが、ギルド長が頬擦りする勢いで抱きかかえているからね。取り上げることが厳しいのが申し訳ない」

「二人で話し合って決めたから構わない」

「そう言ってもらえて本当に助かるよ。何度謝罪とお礼の言葉を言っても足らないね」

「礼については頼んでいた件で返してくれればいい。まだお願いして日が経っていないが、順調に進んでいるのか?」

「お願いされる前から進めていたから、既に十匹分のフレイムセンチピードの外骨格は手元にあるよ。フィンブルドラゴン討伐の手助けの礼となると、途端に安くなってしまうが受け取ってほしい」


 マイケルが腰かけていた椅子の後ろに置いてあった、フレイムセンチピードの素材が入った箱を机の上に出した。

 要求通りキチンと処理も行われているため、すぐに魔道具の素材として使うことができるようになっている。


「流石の早さだな。報酬として十分すぎる」

「すまないね。とりあえずこの箱に入っているものは全て持っていって構わないよ。随時買い取りは行わせてもらうから、週に一度ほど取りに来てほしい」

「分かった。ありがたく受け取らせてもらう」


 とりあえず、フレイムセンチピードについての心配はもういらなそうだ。

 深夜にわざわざ狩りに行かなくていいというだけで、俺の負担はグッと減る。


 暗殺者として常に死線を潜ってきたため、ある程度の耐性は持っていると自負していたが、流石に睡眠を取らないと体の限界が迎えるというのが分かった。

 マイケルから貰った素材を職人に手渡し、今日はゆっくりと休むとしよう。


「それじゃまた改めて礼はさせてもらうよ。ギルド長とも食事の約束をしているんだったよね?」

「ああ。美味しい料理屋を紹介してくれるらしい」

「その時までに、私の方から何かお礼のプレゼントを準備させてもらう」

「何度も言うが別に気にしなくていいぞ。他に何かあった時にまたお願いさせてもらうしな」

「私がモヤッとするのだよ。君の方こそ、遠慮はしなくていい」

「そういうことなら分かった。楽しみにさせてもらう」


 押し問答が長く続きそうだったためマイケルの提案を受け入れてから、俺は副ギルド長室を後にした。

 これで今日の残る業務は店番だけ。

 

 クラクラするくらいの眠気に襲われてはいるが、終わりが見えている分力が湧いてきた。

 魔道具作りはヴェラと職人に任せることになるが、フレイムセンチピードの素材を調達した訳だし文句は言われないはず。

 頬をバチンと叩いて気合いを入れてから、俺は『シャ・ノワール』へと戻ったのだった。




 寝不足の状態で業務を行った日から五日が経過。

 『シャ・ノワール』は特に進展はなく、いつもと変わらない日々を送っていた。


 俺の寝不足も一日しっかりと眠ったことで、翌日には回復していたし無問題。

 魔道具については職人任せであるが、ほぼほぼ完成したといっても言いぐらいの完成度となっている。


「これが髪を乾かす魔道具か! デザインはいまいちだが、軽いしかなり良さそうな気がするぞ!」

「デザインよりも価格を重視させてもらった。火力の調整も完璧にできているからちょっとレスリーも使ってみてくれ」

「俺が使うのか!? 髪がねぇけどどうするんだよ!」

「立派な髭があるだろ。びしょびしょに濡らしてから乾かしてくれ」


 ほぼ完成品である魔道具をレスリーに使ってみてもらう。

 ここでレスリーから売り物としての合格を貰えれば、この魔道具は完成となるため、俺もヴェラも心臓を高鳴らせながらレスリーが髭を乾かすのを見守る。


「なんか風呂以外で濡らすのって気持ち悪いな! ……これぐらいでいいか?」

「駄目だ。もう少し水を含ませてくれ」

「これ以上濡らすのかよ! 服まで濡れちまうぞ!」

「ちょっと濡れた程度じゃ分からないだろ。いいから早く濡らしてくれ」


 変なところで躊躇っているレスリーを急かし、髭をびしょびしょに濡らしてもらった。

 非常に気持ち悪そうにしているが、そこですかさず魔道具を手渡す。


「そこのボタンを押せば温風が出る。火属性の魔石を外せば普通の風にもできるから試してくれ」

「まずは温風から――うおッ! あっついが……振ると丁度いいな!」


 中々の風音が鳴っているが、火力は丁度いいようで気持ちよさそうに濡れた髭に温風を当てている。

 乾かし始めてから一分ほどで乾いたのか、レスリーは満足気な表情で魔道具を止めた。


「あれだけビショビショだったのにもう乾いたぞ! これは……案外いいかもしれねぇ!」


 使ってみて手ごたえを感じてくれたのか、力強くそう言ってきたレスリー。

 お世辞にも商才があるとは言えないため、レスリーの意見は参考にはならないが、店主がイケると思ってくれたのは良かった。


「レスリーも満足してくれたなら自信になる。何か不満点とか気になった点とかはないか?」

「一切ない! 俺はこれで完成でいいと思ったぞ!」

「分かった。なら、これで大量生産して売れる準備を整えさせてもらう」


 俺はヴェラに頷いて合図を送り、職人たちに伝えるようお願いしたのだが、ヴェラが店を出る前にレスリーから一度ストップがかかった。


「ちょっと待て! これから作る量はどれくらいを想定しているんだ?」

「とりあえず二十個。レスリーが持っている魔道具は試す用として、店に使える状態で置いておこうと思っている」

「二十個……か。値段はどれくらいで考えているんだ?」

「魔石や素材、職人たちにも依頼しているし、金貨四枚で考えている」


 本当は金貨五枚で売りたいところだが、流石に金貨五枚となると手が出しづらくなると思った。

 低級とは言え属性魔石を二つ使っているため、魔石だけでも金貨一枚。

 そして職人たちに支払う金として、材料込みで一つ当たり金貨一枚と銀貨五枚を支払う予定。

 

 マイケルの計らいによってフレイムセンチピードの素材は無料で手に入るとはいえ、金貨四枚でもかなりカツカツな状態。

 なんとか一つ売るごとに金貨一枚と銀貨五枚の利益を出せているが、無料で貰えなければほとんど利益なんて出ていなかっただろうし、魔道具を金貨四枚で売ることがどれほどのものか分かるはず。


「くぅ……絶妙に高価だな! もう少し値段を下げるのは無理か?」

「絶対に無理。私とジェイドの労力を考えたら、もっともっと高くして売りたいぐらい」

「ヴェラほど気持ちはないが、金貨四枚が限界だな」

「そうか……ならそれで行くか! 売れないのが本気で怖いが、売れなかったら値段を下げればいいんだもんな!」

「売れるから大丈夫。私に任せて」


 トンッと胸を一つ叩き、自信たっぷりにそう言い放ったヴェラ。

 いつもはそこまで頼れないのだが、店員としては俺やレスリーとは比較にならないくらい売っているため、今回ばかりは非常に頼もしく見える。


「よしっ、売る方はヴェラに任せた! 金貨四枚で合計二十個! 絶対に売り切ろうぜ!」

「ああ。俺も全力を尽くさせてもらう」

「この魔道具が売れたら、『シャ・ノワール』は一気に有名になる」

「あまり期待しすぎないようはするが……売れたらいいな! ジェイド、ヴェラ、ニアの待遇を上げて、次に人を多く雇う! そしたらいよいよ店を大きくするのも――」

「レスリー、言っている傍から期待しすぎだぞ。売れなかった時の落胆が大きいから、あまり考えないようにしておいた方がいい」

「悪い悪い! とりあえず三人で頑張って売ろうぜ!」


 こうして魔道具は大量生産して、売り出すだけとなった。

 形にはなっているため、職人たちの手なら明日には二十個を作り上げられるはず。


 作った二十個の魔道具を受け取り、明後日から販売という流れでほぼ確定。

 俺は明日が休日なため、休み明けでいきなり大事な日を迎えるということになる。


 煙玉はゴブリンキング騒動で日がズレたし、魔道具は何もなくしっかり販売したいところ。

 そうなってくるとフィンブルドラゴンの件が引っかかってくるのだが、特に嫌な気配とかもないし大丈夫なはずだ。

 俺は明日の休日をしっかりと休んで、明後日の発売日に備えるとしよう。



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