第222話 至高の料理


 あまり混んでいないと言っていたが、席の大多数が埋まっていた。

 それも貴婦人といった感じの人ばかりで、見た目からして俺は完全に浮いている。


「俺が入って大丈夫なのか? 客層と随分かけ離れている気がする」

「大丈夫ですよ。ジェイドさんは心配性ですね」


 スタナは笑ってそう言ったが、俺が心配性なのではなくスタナが気にしなさすぎな気がする。

 俺は周囲の視線を感じつつ、スタナの後を追って席についた。


「いらっしゃいませ。こちらのお店は決まった料理しか出さないのですが大丈夫でしょうか?」

「もちろん大丈夫です。よろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは料理をお持ち致します」


 ウェイトレスは深々と頭を下げてから、厨房へと消えて行った。

 決まった料理しか出さないとは非常に強気な店だな。


「決まった料理って何が出てくるんだ?」

「それは私にも分からないんです。シェフの日替わりランチといった感じですかね? 訪れる度に毎度違うメニューが出されるんですが、どの料理も格別に美味しいんですよ」

「へー。日ごとによって出される料理も違うのか」

「どれも大当たりですので、味についての心配はしなくて大丈夫ですよ」


 その日に仕入れられるものによって、出す料理を変えているのかもしれない。

 こだわりも強そうだし、本当に『パステルサミラ』以上の料理を味わうことができそうだ。


 料理が運ばれてくるまでの間、スタナと今日回って店についてを話していると……。

 先ほどのウェイトレスが、料理を持ってやってきた。


「季節野菜のテリーヌになります。こちらのソースにつけてお召し上がりください」


 そんな説明と共に目の前に置かれたのだが、なんというか……決して美味そうな見た目をしていない料理。

 野菜の入ったゼリーみたいな感じで、どちらかといえば不味そうな分類の見た目だ。


「さっそく頂きましょう!」


 まずはスタナが口の中に入れたのを見て、真似るようにソースにつけてから口の中に入れた。

 その瞬間――旨味が口の中で広がった。いや、本気で美味しいな。


 まずは野菜の甘さが口の中に広がり、その後に強烈な旨味が爆発する。

 ソースとの相性も非常によく、多種多様な野菜が繊細なバランスで組み合わさっている。


「びっくりするほど美味しい。野菜でここまで美味しいと感じたのは初めてだ」

「“野菜の美味しさ”が詰まっていますよね! 本当に至福です」


 量が少なかったということもあり、テリーヌと呼ばれていた料理をあっさりと食べてしまった。

 見た目も微妙で、料理の主役が野菜。


 美味しくなる要素が見当たらなかっただけに、衝撃は今までで一番だったかもしれない。

 皿に残ったソースをすくって舐めたくなる衝動を抑えていると、ウェイトレスが次なる料理を持ってきた。


「グランテ産アイスイーグルのファルシです。お好みでパンと一緒にお召し上がりください」


 次に運ばれてきたのは、真ん中に黒いキノコが乗せられた美味しそうな鳥の料理。

 これは見た目も美味しそうなだけに、非常に食欲がそそられる一品。


 今回はスタナの動向を確認せず、ナイフとフォークで上手く切り分けてから口の中に放り込んだ。

 まず香ってきたのは恐らくキノコの匂い。


 森に入った時のような自然を鼻で感じ、すぐに鳥の暴力的な旨味が舌で暴れる。

 更に鳥肉の中に様々な食材が詰められていたようで、一つ一つの食材が鳥の暴力的な旨味を支えていて完璧にマッチしている。


「このファルシって料理も抜群の美味しさだ。スタナが『パステルサミラ』以上と言っていた意味を理解した」

「喜んでくれたみたいで良かったです! パンも美味しいので食べてみてください」


 スタナに言われた通りバケットに入ったパンも食べてみたのだが、小麦の味をしっかりと感じ取れ、シンプルなパン一つ取っても美味しいと感じる。

 全てにおいてレベルが高く、最後にここの店で料理を食べることができたのは本当に幸せだな。


「ファルシもぺろりと食べてしまいましたね」

「文句を一つつけるとしたら、量が物足らない点だな。この美味しさならいくらでも食べることができてしまう」

「次はデザートだと思うので、お腹を満たすためにお店をはしごしても良いと思いますが……」

「いや、ここの料理の味を残したままがいいな」


 俺が遮るようにそう言うと、スタナは何度も首を縦に振ることで同意した。

 そんな会話をしている中、最後の料理をウェイトレスが持ってきた。


 スタナが言っていたように、最後の一品は食後のデザート。

 ベリーをふんだんに使ったケーキのようで、これも食べる前から美味しいことが分かる。


「デザートはカシスとベリーのフロマージュムースとなります。食後の紅茶と共にお召し上がりください」


 料理名は結局一品も何を言っているかは理解できなかったが、食後のデザートのフロマージュムースも最高に美味しかった。

 チーズと果物のバランスが完璧であり、溶けてなくなる舌ざわりも抜群。


 紅茶も香りが立っていて美味しいし、ヨークウィッチで最高のお店と断言できる料理の数々だった。

 今日回った全てのお店が素晴らしかったし、そんな素晴らしい店たちの最後に相応しいところを案内してくれたスタナには感謝しかない。


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