第217話 マッチ


 店の奥は普通の家のような造りであり、生活感溢れるリビングのようになっていた。

 そんな一室にはテーブルと椅子が置かれていて、スタナは躊躇うことなくその椅子に腰をかけた。


「店というよりもただの家みたいだな」

「実際にジルーさんが住んでいる場所ですからね! お店として機能しているのは先ほどの場所までで、ここは特別に入れてもらっているだけなんです」

「へー。ということは、ジルーという店主とは古くからの付き合いなのか?」

「二年くらいの付き合いになりますかね? レスリーさんと似たような感じで、訪問で診察するようになって仲良くなったんです」


 そんな感じでここの店主との付き合いを聞いていると、キッチンから戻ってきた店主のジルーはコーヒーを持って戻ってきた。

 豆の状態でもいい香りだったが、飲み物の状態となったら更に匂いが良いものに変わっている。


「本当に良い香りですね! 流石はジルーさんのコーヒーですよ」

「ビックリするくらい良い香りだな。ここのコーヒーを飲ませたくて来たのか?」

「それもそうですが、実はコーヒーよりも美味しいものがあるんです。ジルーさんパンケーキを作ってください!」

「またそれか。ここは店じゃないんだぞ」

「お願いします! ジェイドさんにどうしても食べてもらいたいんです!」


 スタナにお願いされて拒否することができなくなったジルーは、頭を掻きながら再びキッチンへと戻っていった。

 

「コーヒーじゃなくてパンケーキ? あまり食べたことがないんだが美味しいのか?」

「甘くてふわふわで本当に美味しいですよ! パンケーキがコーヒーとマッチして最高なんです! 是非ジェイドさんには食べてもらいたかった一品です!」

「スタナがそこまで言うなら楽しみだな」


 甘いものは好きだし、数多の美味しい料理屋を知っているスタナがここまで言う料理なら信用できる。

 楽しみしつつ、香り高いコーヒーを飲みながらスタナと話して待っていると、奥から甘い匂いと共に分厚いふわふわのパンケーキを持ったジルーが戻ってきた。


 パンケーキの上にはバターと大量の蜂蜜がかけられており、皿の端にはバニラアイスまで乗った見ただけで美味しいと分かる料理。

 俺は生唾を呑み込み、目の前に置かれたパンケーキに釘付けとなる。


「ほらよ、さっさと食べてくれ」

「ジルーさん、ありがとうございます! それじゃジェイドさん、食べましょう!」

「ああ。早速だが頂かせてもらう」


 手を合わせてから、パンケーキを切り分けて口の中へと放り込む。

 口に入れた瞬間に強烈なのに繊細な甘さが広がり、そしてあっという間に溶けて消えた。


「……美味い。美味すぎるな」

「ですよね! 本当に美味しいんです! コーヒーも挟むと、口の中がリセットされて毎度美味しくなりますよ!」


 おすすめされた通り、パンケーキとコーヒーを交互に食べ進めていると、あっという間にかなりの大きさがあったパンケーキが消えてなくなった。

 最後はバニラアイスと共に食べたのだが……物足らないくらいに美味しかった。


「最高の料理だった。コーヒーも好きになるぐらいマッチしていた」

「ですよね! 私もこのパンケーキとコーヒーが食べたくて、わざわざこのお店まで来ちゃうんです。ジーンさんには無理を言って作ってもらってるんですよ」

「絶対にお店を開いた方がいいと思う。大通りで出店しても確実に人気店になるぞ」

「そんなものは面倒くさいだけだ。コーヒーの豆を売っているだけで生活できているし、スタナのパンケーキを作るだけでも面倒なのに店を開くなんて無理だな」


 そう言うとジルーは、食べ終わった皿を持ってキッチンへと戻って行った。

 質が高い料理だけに勿体ないと思ってしまうが、ああいう考えの人がいても不思議ではない。

 とにかく良い店を教えてもらったし、ヨークウィッチに戻ってきた時は真っ先に寄りたい店だ。


「それじゃお金を払ってから、次のお店に行きましょうか。喜んでみてもらえたみたいで良かったです」

「初っ端から良い店を紹介してもらった。正直これがピークなんじゃないかと思ってしまうほどだったな」

「安心してください! 他にも良いお店を紹介いたしますので! ジーンさん、お金払うのでいいですか?」


 皿を片付けたジーンが戻ってきてから、パンケーキとコーヒーの代金である銀貨一枚をスタナが支払ってくれた。

 二人分でこの値段という安さにも驚きつつ、奢らせてしまったため何か別のものでプレゼントしないといけない。


「スタナはコーヒーを家で飲むのか? せっかくだしお土産でコーヒー豆を買わせてもらおうと思っているんだが、スタナの分も買わせてほしい」

「私は紅茶派なので大丈夫です! ジーンさんの前で言いづらいんですけどね」

「最初から知っている。いつも紅茶がないか尋ねてくるしな」

「あれ、バレてたんですね! ということですので、私の分は大丈夫です!」

「分かった。他のもので返させてもらう。ということで……おすすめの豆を二袋だけ売ってほしい」

「オリジナルブレンドがおすすめだ。袋に詰めるから待ってくれ」


 こうしてコーヒーが好きであろう、レスリーとブレントに渡す分だけ購入し、コーヒー専門店を後にした。

 外観も内装もお世辞に良いとは言えないものだったが、パンケーキは至福の時間と言えるほど最高のものだったな。


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