第3話 騒ぎ
パン屋にて勘違いで追い払われた後、十数件の様々な店を回ったのだが全て不採用。
やはり俺の見た目が悪いせいなのか、それとも三十代後半で社会経験なしの職無しというのが駄目だったのか。
……どちらもだろうな。長年、人を殺して回っていたせいで人相は最悪。
育った環境のせいもあり、笑った経験などハチと一緒にいた時ぐらいしか記憶にない。
この汚れてボロボロの服を買い変える金もなければ、ぼっさぼさの髪をどうにかするための散髪に行く金もない。
やはり残された道は兵士か冒険者の二択か……。
俺は深いため息を吐きながら、現実から逃げるように路地裏で頭を抱えるように座り込んでいると、表通りの方から叫び声のようなものが聞こえてきた。
「だ、誰かー! その人を捕まえてくださーい!」
そんな女性の声のすぐ後に、路地裏へと続く道の前を乱雑に横切った一人の男。
全身真っ黒な服で身を包んでおり、そんな男には似つかわしくない可愛らしい鞄を抱きかかえるように走っていた。
目の前を通り過ぎたのは一瞬だったが、顔もバッチリと見えていたし悪そうな表情でニヤけていたのも分かった。
さて、どうしようか。
暗殺の仕事で培ってきた技術は使いたくないと思っていたが、人助けのためになら使うのもありかもしれない。
ハチの手帳にも、『誰かのためになるような仕事をしたい』と書かれていたしな。
「ふぅー」
小さく息を吐き、自分の中でスイッチを入れる。
それから即座に目の前の建物の壁を駆け上り、人目につかないよう屋根に張り付くように先ほどの男の位置を探った。
――見つけた。
周囲の人を突き飛ばすような形で逃げているようで、既に遠い位置まで逃げているみたいだが、下とは違って人のいない屋根を伝って追いかければすぐに追いつく。
音を一切立てないように慎重に。そして風を切り裂くよう素早く。
屋根から屋根へと移動し、獣のように着地時の勢いを殺しながら標的を追跡していく。
追跡を開始してから僅か一分足らずで真横まで追いつき、後はこの男がどこかに身を隠すのを待つだけ。
捕まえようと思えば、この屋根の上から飛び降りて捕まえることも可能だが、目立つ行為は極力避けたい。
100%善意での行動だし、捕獲手段に関しては大目に見てくれ――先ほどの叫んでいた女性に心の中で弁明していると、鞄を持って逃走していた男は人気のないピンク街の方向へと駆けだした。
そっちの方面は一度通ったから既に地形が頭に入っているため、もう逃がすことはなさそうだな。
ピンク街へと逃げた男を屋根を伝って追いかけ、立ち止まるのを冷静に待つ。
人のまったくいないピンク街の路地裏に入った男は、周囲を見渡すようにキョロキョロとしているが――もちろん上には一切の警戒も見せておらず、真上にいる俺の存在には気づいていない。
近くに誰もいないと判断したのか、悪い笑顔を浮かべたまますぐに鞄の中を漁り始めた。
男の警戒は完全に解かれており、意識は全て鞄へと向けられている。
実力差を考えてもここまで念入りに不意を突く必要はないのだろうが、俺は完璧な仕事を常に求められてきたため、どんな相手だろうと一瞬の慢心もすることはできない。
勇者を暗殺した時の行動が異例中の異例だっただけで、コソ泥相手だろうがより慎重に慎重を重ねていくのが俺の本来のやり方。
必死に鞄を漁る男の背後に、俺は音もなく着地した。
屋根の上から――それも真後ろに着地したというのに、男は俺の存在に気付く様子もなく鞄を漁り続けている。
気配を消し一切の音を立てずに着地したとはいえ、俺の存在に気付く気配がないということは、やはりただの矮小な盗人のようだな。
俺は背後から一瞬で腕を首へと回し、頸動脈を圧迫させるように軽く首を絞めた。
思い切り絞めてしまうと、首が折れるどころかもぎ取れてしまうため、貴重品を扱うように丁寧に絞める。
時間にして数秒で意識が飛んだのか、だらりと体の力が抜けたのが分かった。
落ちると前後の記憶が飛ぶため、目が覚めた頃には何が起こったのか一切覚えていないだろう。
締め落とした男は路地裏にそのまま放置し、男の手に持たれている盗まれた鞄を手にして俺はピンク街を後にした。
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