第4話 善行
生まれて初めての善行。
今まではやるしかなかったからとはいえ悪行しか行っていなかったため、今までの分も込めてこれからは出来る限り良い行いをしていくように努めようか。
そんなことを考えながら、俺は鞄を抱えたまま先ほどの叫んだ女性のところへと戻ると、何やら数人の兵士に囲まれながら事情聴取のようなものを受けているのが見えた。
この鞄を探すため、兵士に頼ったのだろう。
そういうことならば、すぐに鞄を返してあげなければならない――俺は少し早足で女性と兵士の下へと近づいていったのだが……。
「へ、兵士さん! あ、あの人! あの人が私の鞄を盗んだ犯人です! あの鞄は私のです!」
被害者であろう先ほど叫んでいた女性は、何故か鞄を持って近づいた俺を指さし、唐突にそんなことを叫び始めた。
さっきの男とこの女はグルで、俺をハメるためにわざと鞄を盗まれたフリをしていたのか……?
いや、あの男の様子を思い返す限り流石にそれはないはず。
色々な思考が頭を巡るが結論が出る前に、事情聴取を行っていた兵士が俺を捕まえようと全力で駆け寄ってきた。
ここは一度逃げるしかない。
そう思って一瞬逃げる体勢を取ったが、ここで逃げたら本当に俺がひったくり犯となってしまう。
――くそ。わざわざ鞄を取り返してあげたのに、なんでこんな目になるんだ。
結局考えがまとまらないまま、俺は逃げようとしている体勢で立ち止まり、背後からやってきた兵士に捕捉された。
「お前は窃盗犯だな! 鞄を返せ!」
「違う。俺は窃盗犯から鞄を取り返しただけだ」
「……そうなのか? だったら、その窃盗犯はどこにいるんだ?」
「ピンク街の路地裏で眠っていると思う」
「それはありえません! 鞄を盗まれたのは数分前です! ピンク街まで追って、犯人を捕まえてここに戻ってくる。そんな芸当が数分でできるはずがありませんので!」
兵士は一瞬信じかけてくれたが、盗まれた張本人がそんなことを叫び出した。
盗まれたのは一瞬で顔を見ておらず、俺が犯人面だから犯人と決めつけたといったところか。
確かに女の言う通り、普通の人間ならそんな芸当が数分で出来る訳がない。
それに加えて正に犯人面のおっさん。
これで無職で一文無しなのがバレたらと、何の言い訳も思いつかないほど状況証拠もバッチリの状態。
普段の俺だったらあり得ないミスだが、初めての善行を行ったせいで舞い上がってしまった。
このまま詰所に連れて行かれれば、どうにもできずに独房にぶち込まれるだろう。
前払いした宿泊費はもったいないが、兵士たちを倒して街から去るしかなさそうだな。
大きく息を吐き、俺を拘束している兵士に攻撃を加えようとしたその瞬間――。
騒ぎを見ていたであろう一人の女性が、会話に割って入ってきた。
「私、一連の流れを見ていましたけど、鞄を盗んだのはその男性ではありませんでしたよ」
拘束された俺を庇うような発言をしてくれたのは、黒髪で顔立ちの整った眼鏡をかけた女性。
治療師のようで、白衣を羽織っている特徴的な服装をしている。
「……へ? でも、この人が私の鞄を持っているんですよ?」
「本当に取り返してくれたのでは? まぁ実際に盗んだ犯人とグルってことも考えられますけど、わざわざ分かりやすく鞄を持って戻ってくるでしょうか?」
「…………確かに。この人が鞄を盗んだ張本人ではないのでしたら、ここに来ることはないかもしれませんね」
「兵士さん。一度ピンク街へと行ってみたらどうですか? この人が本当のことを言っているのであれば、鞄を盗んだ犯人が寝ているのでしょう?」
「そうですね! おいっ、一人はここに残って全員でピンク街へと行くぞ。――疑ったところすまないが、犯人が寝ている場所まで案内してもらっても大丈夫か?」
「ああ。疑いが晴れるのであれば、もちろん案内させてもらう」
鞄を取り返して助けたはずが、まさかの見知らぬ白衣の女性に俺が助けられる形となった。
この女性が声を掛けてくれるのがあと数秒遅ければ、俺は兵士を先ほどの男のように鎮圧していただろうし色々な意味で本当に助かったな。
ゆっくりとお礼を伝えたいところだが、今は自分の容疑を晴らすために兵士を連れてピンク街へと向かうのが最優先。
ちゃんとした礼は戻ってきてからにするとして、俺は助けてくれた女性に深々と頭を下げてから、兵士を連れてピンク街へと向かった。
複数の兵士を連れているからか、昼で閑散としているピンク街が少しざわついている。
これから違法店でも取り締まるのかと勘違いしたのか、見物人が俺達の後を追ってきているが――俺は一切気にせずに一直線で男を絞めた場所を目指した。
完璧に落としたとはいえ、人によっては数分から数十分ほどで目が覚めてしまう。
犯人と誤解されたやり取りで無駄に時間を食ったため、逃げていないかが一縷の不安だったが……先ほどの場所で犯人の男が大の字で寝ているのが見えた。
「あの男が犯人だ。叩き起こして拘束すればボロを出すはず」
「本当に犯人を捕まえていたのか! ……疑って申し訳ございませんでした。鞄を取り返した上に、ここまでの案内ありがとうございます」
「盗まれた本人が俺を犯人と言ったのだから、兵士たちは謝る必要はない。それよりも早くその犯人を拘束してくれ」
「はい! すぐに捕まえさせて頂きます」
ビシッと敬礼をしてから、兵士たちは俺の言った通り男を叩き起こして拘束。
目覚めた男は喚き散らしながら必死に逃亡を試みていたが、複数人の兵士相手ではどうすることもできなかったようで、結局捕縛され連れていかれてしまった。
……ふぅー。色々変なことになってしまったが、とりあえずこれで俺の無罪は証明された。
人助けをして、まさか犯人として捕まりかけるとは思わなかったが、最悪の事態は免れてよかった。
今回の事件で一つ学んだのは、他人を助ける前にまずは自分のことをちゃんとやること。
この見た目で無職の一文無しは本当にどうしようもない。
巡り巡って振り出しに戻った気がするが、今日中になんとかして働ける場所を探すとしようか。
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