第5話 急展開
案内した後は一人の兵士と共にもう一度鞄を盗まれた女性の下へと戻り、俺が本当に犯人ではなかったことを説明してもらった。
その後、女性から常に顔が見えないほど頭を下げられ続けたが、謝罪が欲しくて鞄を取り返した訳ではないため、大丈夫の一言を残して俺は大通りを後にした。
ちなみに俺を助けてくれた白衣の女性だが、戻った時には何処かへ行ってしまっていたため、改めて礼を伝えることはできなかった。
しっかりと感謝の言葉を伝えたかったが、いない相手に感謝を伝えることはできないし仕方がない。
いずれ街で見かけた時は声をかけて礼をさせてもらおう――そう心の中で誓い、俺は気持ちを新たに職探しを再開した。
俺に働く店を選り好みしている余裕はないと、先ほどの騒動で痛いほど理解させられたからな。
今日中に働く場所を見つけるため、ここからは店を選ばずにお願いしていくつもり。
ということで、この正面の店から交渉していくとするか。
大通りにある大手の道具屋みたいなのではなく、個人経営のこじんまりとした道具屋のようだ。
どうしても金属牢のあった道具屋の地下アジトを思い出してしまうため、先ほどまでは道具屋を敬遠していたのだが、今は道具屋だろうと働かせてくれるならどこでも構わない。
それにたまたま目に入ったにしては店の雰囲気も良く、外観だけの判断だが今日回った店の中では一番お洒落な店な感じがする。
唯一懸念点があるとすれば、こじんまりとした店のため従業員を必要としていない可能性が高いということだが、それは実際に聞いてみないと分からないからな。
もう断られ慣れしているため、俺はもう何の躊躇もなく店の中へと入った。
外観同様に内装も凝られており、商品の置き方一つにもこだわりがあるように思える。
ただ店の中には客が一人もおらず、店主の姿も見えない。
扉にかけられていた看板は『OPEN』となっていたため、営業しているはずだとは思うのだが……。
俺は誰かいないかと店内をきょろきょろとしていると、店の奥から話し声がするのが分かった。
客がいないから、店の奥で従業員同士で話しているのかもしれない。
「すまないが誰かいないか?」
「おっ、いるぞ! 少し待っててくれ!」
言葉通りしばらく待っていると、店の奥から俺よりも一回り年上であろう一人のおっさんが現れた。
外観や内装のセンスの良さから、てっきり女性かスマートな男性が経営しているかと思ったが、出てきたのはまさかの五十代くらいのゴッツイおっさん。
頭はスキンヘッドで、かと思えば髭はふさふさに蓄えていて、もしかしたら俺よりも清潔感がないかもしれない。
「なんだよ。会うなり俺を舐るように見やがって!」
「いや、すまない。予想と違った人物が現れたからつい見てしまった」
「まぁ慣れてるから構わねぇけどよ! んで、何の用だ? なんか探してる物でもあるのか?」
「違う。俺はこの店の商品を買いに来たんじゃなく、雇ってくれないかを尋ねに来たんだ」
面と向かってそう尋ねると、目を丸くさせて驚いた表情を見せたおっさん。
その後何が面白かったのか、両手を叩いて大笑いし始めた。
「がーはっは! 俺の店で働きたい――くくく、がーはっは!」
笑っている理由が未だにいまいちよく分からないが、この反応を見る限り雇ってくれるかもしれない。
一瞬、淡い期待を抱いたのだが……。
「面白い奴だから雇ってやりてぇとこだけど、残念ながら俺の店で従業員は募集してねぇんだわ」
笑いが収まったと同時に断られてしまった。
一瞬いけると思っただけに少しショックもあるが、無理なものは無理だろう。
「そうか。いきなり変な頼みをしてすまなかった」
「別に構わねぇよ! 何かあった時は俺の店を贔屓に――」
「笑い声が聞こえましたけど、どうしたんですか?」
「あっ、さっき俺を助けてくれた……」
店の奥から顔を覗かせたのは、先ほど俺を助けてくれた白衣の女性。
礼を言いそびれ、いつか出会えたらいいなと思っていたが……まさかこれだけ早く再会できるとは思っていなかった。
「あっ! さっきの兵士に捕まってた方じゃないですか! 無事に解放されたんですね!」
「ああ、お陰様でなんとか解放してもらえた。見ず知らずの俺を助けてくれて本当にありがとう」
「へ? ちょっと待てよ! 先生とお前、知り合いだったのか? それに捕まってて……助けてもらった?」
俺と白衣の女性が知り合いということで、驚いた表情を見せている店主のおっさん。
というか……先生?
先生と呼ばれているということは、やはりこの女性は治療師のようだ。
「さっき偶然関わりがあったんです。泥棒と間違えられていまして、私が情報提供をしてあげたって感じですね」
「へー、そりゃ災難だったな! お前も先生に助けられた口って訳か!」
「私が助けたっていうよりも、誤解を解いただけですよ。この方は泥棒捕まえた人なのに泥棒に間違えられていたんですからね。それにしても、ここへは買い物に来たんですか?」
「いや。働く場所を探していて、ここへも従業員として雇ってくれないかをお願いしに寄っただけだ」
「えっ! それじゃここで働くことになったんですか? レスリーさん! この方は見ず知らずの人のために泥棒を捕まえてあげる人ですから、きっと良い関係が築けると思いますよ!」
両手を合わせ、キラキラとして目でそう言い迫った白衣の女性。
俺と店主のおっさんは、顔を見合わせて気まずいといった表情を互いに浮かべる。
流石にこのまま雇う流れで話が進むのはまずいし、俺から訂正の言葉を入れよう。
「いや、さっき断られ――」
「それなら良かったぜ! 先生のお墨付きってなら安心だな! 明日からよろしく頼むぜ!」
「……は? えっ? いいのか?」
「いいって何がだよ! 雇ってやるって話だっただろうが!」
俺はお断りされたということを話そうとしてのだが、何故か店主のおっさんは急に俺を雇うと言い出した。
正直訳が分からないが、これは俺の就職が決まったってことなのか?
「レスリーさんにとっても、本当に良かったと思いますよ! 腰の具合もよくないですし、一人で経営していくには厳しいということをお伝えしようと思っていたところでしたので」
「いつも気にかけてくれてありがとうな! 先生のお陰で大分体も良くなってきたんだわ!」
「そう言ってもらえて良かったです。この方も働くとのことですし、定期的に様子を見に来てもいいですか?」
「も、もちろん大歓迎だぜ! 先生ならいつでも来てくれて構わない!」
「ありがとうございます。それで……お名前はなんて言うんですか? 私はスタナと言います」
先生と言われていた女性はスタナと名乗った後、俺の顔を見て名前を尋ねてきた。
恩人に嘘を吐いてはいけないという潜在意識からか、危うくジュウと答えそうになったがギリギリのところで俺は偽りの名を発した。
「俺はジ――ジェイドという。何かあれば言ってくれ。助けてもらった恩を返す」
「ジェイドさんですね。先ほども言いましたが、誤解を解いただけですから気にしないで大丈夫ですよ。またこのお店に顔を見せるので、その時はよろしくお願いします」
スタナはそう言うと、俺とおっさんにぺこりと頭を下げてから店を出て行った。
出て行くスタナをしばらく見送ったところで、先ほどの話をおっさんに振る。
「さっきのどういうことだ? 本当に雇ってくれるのか?」
「……仕方ねぇが、先生の前で雇うと宣言しちまったからな。スタナ先生に感謝するんだな!」
「本当にいいのか? ……ありがとう。精一杯働かせてもらう」
「当たり前だ! 雇うからにゃ、キッチリ働いてもらうぞ。給料については考えておくが、お世辞にも繁盛している店とは言えねぇから期待すんなよ!」
「ああ。生きていく最低限の金さえもらえれば文句はない」
「そりゃ安上がりで良さそうだ! とりあえず明日朝一で店に来てくれや! 仕事内容とか色々と教えるからよ」
「ああ、分かった。明日からよろしく頼む」
店主のおっさんに頭を下げ、俺もこの道具屋を後にした。
またしても駄目かと思ったが、まさかの急展開で就職が決まった。
まだ一文無しには変わりないが、これで無職ではなくなったな。
あとは早々にクビにならないよう頑張るだけだが、人を殺すことしか生まれてからやってこなかった。
普通の仕事を上手くこなせるか分からないが、生きていくために精一杯働くとしよう。
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