第19話 尾行


 冒険者ギルドを後にし、俺は目星をつけていた次なる店へと向かおうとしていたのだが……。

 冒険者ギルドを出てから、ずっと誰かに後をつけられている。


 最初は二重尾行での強盗を仕掛けていた奴らかとも思ったが、足取りがド素人そのものだからその可能性はゼロ。

 となってくると、先ほどの冒険者ギルドでの一件を見られた可能性が高い。


 さっきの一件を使って俺をゆすろうとしているのか、それとも顎先を殴って気絶させた奴らの仲間か。

 どちらにしても面倒くさいことにしかならないのが目に見えている。


 尾行の仕方がド素人だし、簡単に撒くことは可能だろうが……今後のことを考えたら今ここで話をつけた方が確実なはずだ。

 人気のないところに誘いだしてから、捕まえて話を聞き出すとしよう。

 そう決めた俺は、尾行しやすいように目立つように歩きながら、人通りの少ない路地裏を目指して歩を進めて行く。


 俺を尾行している人間は、人通りが少ない場所に誘い込まれていることにも気づいていない様子で後をついてきており、そのあまりの杜撰な動きに警戒しているこっちがバカバカしく感じてくるほど。

 道幅が狭く、角の多い建物の裏に曲がった瞬間に一気に壁伝いに上まで登り、尾行している奴が真下を通るまで息を殺して壁に張り付く。


「あ、あれ……? 確かこっちに曲がったはずなのにっ!」


 急に消えた俺をキョロキョロと探しながら、尾行している人間とは思えない声量で独り言を漏らした男が真下を通り過ぎたのを確認してから――。

 俺はその男の後ろに音もなく飛び降り、ダンの店で購入した短剣を首元に当てて尾行してきた男の動きを止める。


「動いたら殺す。勝手に喋っても殺す。分かったら小さく一度頷け」


 そう言葉をかけると、俺を尾行してきた男は震えながら小さく一回首を縦に振った。

 それと……ドタドタした歩き方だったから気づかなかったが、体格的にまだ幼い感じか?


 体の線が細く、頭が胸の位置辺りと背が低い。

 背後を取っているため顔が見えないから何とも言えないが、なんとなく子供のような感じがする。


「俺の質問にだけ答えていいぞ。まず名前を言え」

「と、トレバー・ブリッカーです」


 改めて聞いてみると、やはり声が完全に少年のもの。

 尾行してきたのが子供となると、理由がさっぱり分からなくなったな。


「トレバーだな。尾行してきた理由を話せ。嘘をついたら即座に殺す」


 動けないよう左手で少年の手首を掴んで後ろで極めつつ、脈拍から嘘かどうかの判別も同時に行う。

 首に短剣を当てている状態なため、常時高い脈拍となっているせいで嘘の判別がつけ難い状態ではあるのだが、長年情報集めのために脈拍で真偽を図ってきた俺にかかれば僅かな動揺も見逃すことはない。


「さ、先ほど、冒険者ギルドで、大柄の冒険者を、やっつけるところを見たんです」

「それで?」

「どうやって倒したかまでは、分からなかったので、尋ねようと思って、あ、後をつけてしまいました。本当にごめんなさい!」


 突然大きな声を出し、謝罪の言葉を口にしたトレバーと名乗った少年。

 説明もたどたどしかったし、恐怖の感情が一定ラインを越えたからか大粒の涙と鼻水が一気に漏れ出た。


「大声を上げるな。それと泣き止まないと腕をへし折るぞ」

「うっぐひっぐ……ず、ずいまぜん。すぐになぎやみます」


 唇を思い切り噛んで感情を押さえ込んでいるようで、涙の次は唇から血が滴り落ちたのが真上から見える。

 脈拍からも嘘は感じられなかったし、対応一つ一つも初々しすぎて裏の意図が感じらない。


 本当に興味本位だけで俺の後をついてきたようだ。

 正体を知られたのは色々と面倒くさいが、元を辿れば大衆の面前で冒険者を気絶させた俺が悪い。


 まだ子供のようだし、ここは注意だけに留めてすぐに解放してもいいか。

 極めていた腕を放し、短剣は首元に添えたままゆっくりと俺の方を向かせる。


 既に泣き止んではいるようだが、涙と鼻水……それから泣き止むために唇を噛んだ痛みによってか、見たこともない面白顔をしていて思わず笑いそうになった。


 俺にとっては笑いそうになるほど感情が昂ることすら珍しいため、心情的には思い切り吹き出したいところだが、今この場で笑ってしまったら場が一気におかしなことになる。

 笑うのはグッと堪えて、トレバーの顔を見てもう一押し脅しの言葉をかけることにした。


「俺の目を見ろ。冒険者ギルドでのこと、それからこの路地裏でのこと。誰かに話した瞬間にお前を殺しに行く。分かったな」


 殺すつもりなんて一ミリもないが、脅し文句としてトレバーにドスの効かせた声でそう伝えると、一言も発さずに面白表情のまま首を勢いよく縦に振った。

 これだけ脅しておけば、トレバーが俺の情報を漏らすことは多分ないはず。


 汗と涙と鼻水がダラダラで、ちょっと白目を向いて前歯を出しながら唇を噛み締めている面白顔を見ていると……気を抜いたら笑いそうになるため、すぐに立ち去るとしよう。

 首元に当てていた短剣を収め、俺はトレバーに背を向けて路地裏を後にしようとした時――。


「ちょ、ちょっといいれすか?」


 涙声且つ、呂律が回っていない口調でトレバーに呼び止められた。


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