第20話 懇願
もうこれ以上は色々な意味で話したくはないのだが、呼び止められた以上は話を聞かなければいけない。
「……なんだ? まだ何か用があるのか?」
「あの――お願いします! 僕に稽古をつけてくれませんか?」
何の話かと思えば、いきなり稽古をつけてくれと頼んできた面白顔のトレバー。
俺をつけてきた理由がいまいち分からなかったが、これが理由だったか。
「無理だな。暇じゃないしそんな時間はない」
「一週間に一回。……いえ、一ヶ月に一回だけでもいいんです! あなたが戦っているところを見て、この人に習えば強くなると確信したんです! お金はしっかりと支払いますので、どうか指導してください!」
頭を地面に擦り付けながら、何度も懇願してくるトレバー。
指導する時間もないし、トレバーに指導をすることで目立ってしまう可能性だって高い。
突っぱねたいところだが……この様子だと俺を見かける度に懇願してきかねないんだよな。
胸につけているプレートは屑鉄。つまりはルーキーランク。
金はないだろうし、貼り出そうとしていた『シャ・ノワール』のビラを見たら、高確率で店を訪れるのは間違いない。
そして店で出くわし、レスリーの前でこんな風に懇願されたら糞面倒くさいことになる。
はぁー……。
自分が悪いとはいえ、あんな大人数の冒険者が集まるところで戦闘しなければ良かった。
結局、ビラを貼らせてもらう交渉もできなかった訳だし、黙って冒険者ギルドを出ていればこんな面倒ごとに巻き込まれずに済んだのに。
窃盗騒動の時といい、ちょっと迂闊な行動をし過ぎてると心の中で反省する。
「あの……駄目ですか? 僕にやれることならなんでもしますので!」
「なんでもするなら、俺のことを記憶から消して欲しいんだけどな」
「それ以外のことならなんでもします! あなたのことは絶対に言いふらしませんし、指導も戦いをちょこっと見てくれるだけでいいんです!」
「……分かった。銀貨二枚で月に一回だけ指導してやる」
「本当ですか? ありが――」
「ただし条件がある。一つは指導を行うのは毎月の二十日。二つ目は指導以外では俺に絡まず、俺の情報は他言禁止。三つ目は『シャ・ノワール』という道具屋に近づかないこと。情報を漏らしたら確実に不幸にさせるから、くれぐれも覚えておいてくれ」
「わ、分かりました。二十日は何処で指導をつけてくれるのでしょうか?」
「この街の門で待っていろ。そこから合流して街の外に行く。分かったな?」
「はい! ありがとうございます!」
再び頭を地面に擦りつけながら、俺に感謝の言葉を述べているトレバーを一瞥してから路地裏から立ち去る。
無駄な時間を食ってしまったし、変な約束も取り付けてしまった。
なんでこうなったのか今でも分からないけど、月に一度の指導で銀貨二枚の報酬を貰えると考えたら……。
まぁ悪くはないと自分に言い聞かせ、俺は配達業務へと戻ったのだった。
配達を行いつつ、冒険者ギルド以外の目ぼしい店に当たってビラを貼ってもらえるよう交渉を行い、あっという間に一日が終わった。
十軒の店を回り、計四枚のビラを貼ってもらえることになったため、成果としては申し分ない。
あとは明日の早朝に冒険者ギルドに訪れ、ビラを貼ってもらえるよう交渉すればいいだけ。
「おお、ジェイド! 戻ってきたか!」
「ああ。ちょうど配達とビラを貼って貰えないかの交渉を終えて戻ってきたところだ」
「ビラの方はどうだったんだ? ……貼ってもらえたのか?」
「五枚中四枚は貼ってもらえた。後は明日、冒険者ギルドに行って最後の一枚を貼ってもらえるように交渉するつもりでいる」
「そりゃ本当かよ! よくビラなんて貼ってもらえたな!」
「同業者じゃないところを狙って交渉に行ったからな。向こうが何か困ったときは手伝うって条件でビラを貼らせてもらってきた」
「なるほど。流石に色々と考えているだけあるな! それでどこの店に貼ってもらえたんだ?」
「『やすべえ』と『フクロウ』って食堂。後は『フルークト』って八百屋。それから『ダンテツ』って武器屋兼鍛冶屋の四店だ。武器屋以外は安さを売りにしている店で、客層的にも『シャ・ノワール』のビラに興味を持ってくれると思ったんだ。武器屋も冒険者御用達らしいし、冒険者なら道具屋に食いつくだろうし良いと思った」
“安さ”という売りに食いついてくれそうなところばかりを選んだし、かなりの告知効果は得られると個人的に思っている。
ちなみに『ダンテツ』はスタナから教えてもらった短剣を買った武器屋で、ダンが経営している店。
目利きしたことで随分気に入ってもらえたのか、『ダンテツ』だけは特に交渉をすることなくあっさりと貼って貰えることができた。
「……やっぱジェイドを雇って正解だった! 『シャ・ノワール』が一気に繁盛しそうな気がするぜ!」
「流石に気が早すぎる。成果が出なかったら悲しくなるだけだし、まだ喜ぶのはやめておこう」
「いや、俺の勘が上手くいくと言っている! 実際に配達サービスのお陰で売り上げが右肩上がりだし、客足もかなり増えているからな!」
「かなりと言っても、今まで平均三人だった客が十人になったぐらいだろ?」
「そうだけど……それでも三倍だぞ? 配達サービスの売り上げも入れりゃ、赤字からギリ赤字まで回復している!」
レスリーが嬉しそうにしてくれているのは俺としても喜ばしいが、赤字の時点で駄目なのは間違いない。
ひとまず黒字を目指し、俺にできることは全部やって必死に働こう。
「赤字じゃいずれ潰れる訳だし、絶対に黒字までは立て直さないといけない。全力で集客して金を稼がないとな」
「……まぁ潰れる一歩手前までいったら、ジェイドをクビにするから潰れることはねぇんだけどな!」
聞きたくない言葉が聞こえたような気がするが、とにかく聞かなかったことにしてひとまず今日は帰ることにした。
明日はいつもより早めに起き、出勤の前に冒険者ギルドに寄る。
今日の内に明日の予定を頭に入れつつ、俺は一足先に『シャ・ノワール』を後にした。
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