第21話 交渉
翌日。
日が昇りきる前に目覚めた俺は、日課となっているトレーニングを行ってから冒険者ギルドを目指して宿屋を出た。
昨日は絡まれたせいで交渉まで辿り着かなかったが、この時間帯なら冒険者の数も少ないだろうし大丈夫だろう。
……それにしても、昨日は本当に面倒な奴に絡まれてしまった。
暗殺の指導なら何度かしたことはあるが、ルーキーの冒険者相手につける指導なんて何も思い浮かばない。
考えるだけで頭が痛くなってくるが、約束した二十日の日までは二週間以上あるため、今は忘れてビラの交渉のことだけを考えることにしよう。
冒険者ギルドに辿り着いた俺は、すぐに中へと入った。
開いていないことだけが懸念点だったが早朝でもしっかり営業しているようで、予想していた通り冒険者の数は驚くほどに少ない。
昨日はあれだけいた冒険者が片手で数えられるほどしか見えないし、絡まれる心配もないため快適そのもの。
冒険者ギルドを堂々と歩き、俺は昨日途中で並ぶのを止めた受付へと一直線で向かった。
「いらっしゃいませ。こちらは依頼受注用の受付となりますが、よろしかったでしょうか?」
「依頼受注ではない。このビラを冒険者ギルドに貼らせてもらえないかの交渉に来たのだが、貼っても大丈夫か?」
「えーっと……依頼の張り紙以外はお断りしておりまして、申し訳ございませんがご遠慮頂けますでしょうか?」
当たり前といえば当たり前なのだが、普通に断られたな。
ただ、わざわざやってきた訳だし、そう簡単に引き下がるつもりはない。
依頼の張り紙以外はお断りということは、逆を返せば依頼の張り紙だったら大丈夫ということ。
「それなら依頼内容をこの下の部分に記載する。それなら貼っても大丈夫か?」
「えー……。えーっと、申し訳ございません。上の者を呼んできますので、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
酷く面倒くさそうな表情を見せた受付嬢は、対応に困った様子でそう告げ裏の部屋へと消えて行った。
完全に屁理屈をこねている訳だし、ぞんざいな扱いをされても決して文句は言えないが……こっちも引けないしギリギリまで粘らせてもらう。
裏へと消えて行った受付嬢が戻ってくるのをしばらく座って待っていると、豊満な体型の男が先ほどまで受付嬢が座っていた俺の正面の椅子に腰かけた。
フガフガと鼻を鳴らしており、着ている服は弾けてしまいそうなほどパツパツ。
髪が数十本だけ残っている髪型で、腰かけた椅子も悲鳴を上げており――なんとも無意識に目を向けてしまう男だな。
「どうも、どうも。お待たせして悪かったね。私はこのギルドの副ギルド長を務めているマイケル・オブライエンだ」
「………………」
「ん? どうしたのかね? 私の顔に何かついているかね?」
俺が返答しないことに対し、フガフガと鼻を鳴らして続けざまに言葉を発したマイケルと名乗った副ギルド長。
こんな容姿をしているからか、冒険者達から舐められた態度を取られるのに慣れているようで、俺が返事をしなかったのも舐めているからだとでも思っているようだが……。
ただ俺が返事をしなかったのは、言葉を発した時の息の吐き方に違和感を覚えたから。
俺はどうしても初対面の人間に対しては、殺せるか殺せないかの判断を挟んでしまう。
そして裏の部屋からここまでやってくるまでの動作を見て、俺はマイケルを弱いと判断したのだが言葉を発した瞬間にその評価がガラリと変わった。
自己紹介の前に挟んだ切り裂くような短く鋭い呼吸。
一種では「活息吹」なんて呼ばれている呼吸法で、効率よく酸素を体内に入れる呼吸法。
フガフガと荒い鼻息を立てている人間が行う呼吸法ではないし、意図的に力を隠している人間だろう。
よく見てみれば、足の先から頭の先までわざと舐められやすい恰好にしているのが分かる。
人から舐められやすい行動がマイケルの体に染みついているってのもあるが、一瞬でも騙されたことを反省しなくてはいけない。
「いや、なんでもない。それで張り紙を貼っても大丈夫なのか?」
「依頼内容以外のことを記載されたものは、極力遠慮してもらっているんだよ。だからその張り紙は――」
「昨日、今日とチラッと確認させてもらったが、依頼内容以外のことが記載されたものはかなりの数見受けられた。この張り紙だけ駄目な理由を教えてもらってもいいか?」
「それは……依頼の内容よりも別のことの方が多く記載されているからじゃないかね?」
「なら、どれくらいならいいんだろうか? 依頼内容と半々以上? それとも三分の二は依頼内容じゃないと駄目なのか?」
俺がそう問い詰めると、受付嬢と同じように表情を大きく歪めた副ギルド長のマイケル。
しっかりと断れば引き下がると思ったみたいだが、申し訳ないけどそう簡単に引き下がるつもりはない。
「……ふがっ、ふぅー。なら、もう貼っても構わない。その代わり端っこの方に貼ってくれよ。ちなみに依頼は一ヶ月受注されなかったら廃棄するからね」
一瞬言い返そうとした様子を見せたが、無駄に長くなると思ったようで諦めて許可してくれたマイケル。
「分かった。恩に着る」
鼻を鳴らしながら裏の部屋へと戻っていったマイケルを見送ってから、俺は多数の依頼が張り出されている依頼掲示板へと向かった。
ここなら確実に目に止まるし、どこの店よりも宣伝効果が高そうだ。
一つ懸念点を挙げるとすれば、冒険者をメインの客層にすると治安が悪くなるということ。
ただ今は客層まで気にしている余裕はないし、レスリーも元シルバーランク冒険者と言っていたからある程度の対応はできる。
本当に何か事件が起これば、俺が速やかに対処すればいいだけの話だし気にする必要はない。
ビラを貼る意思を固めた俺は、下の僅かな空白に適当な依頼を書きこんでから低ランク帯の依頼掲示板に貼り付けた。
万が一にでも依頼を受注されないよう、文字はなんとか読める程度の汚い字で依頼内容は無茶苦茶な内容。
しかも、依頼が失敗した場合のペナルティも大きめに設定した。
これで流石に受ける冒険者はいないはずだが……まぁ万が一受注されてしまったとしても、レスリーに新たなビラを作成してもらえばいいだけだからな。
やることをやり終えた俺は、冒険者達がやってくる前に冒険者ギルドを後にしたのだった。
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