第57話 やる気
『パステルサミラ』でマイケルと長い時間話し込み、結局外を出た時には辺りは真っ暗となっていた。
『都影』を追っていた段階で既に日は傾いていたし、長い時間話した上にご飯まで食ったのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけどな。
「奢ってもらって悪かったな」
「命を助けてもらった対価としては安すぎるぐらいだがね。それに……何といっても最高の料理を頂けた。長いことこの街に住んでいて、このお店を知らなかったことを後悔しているぐらいだよ」
「喜んでもらえたなら何よりだ。『都影』については任せた。俺も何かあれば、マイケルに情報を流す」
「ああ。基本的には頼らないつもりではいるが、何かあった際は声をかけさせてもらうよ」
「親玉を捕まえる時だけは声をかけてくれて構わない。『都影』の件については全力で協力しよう」
店の前で固い握手を交わしてから、俺はマイケルと別れてボロ宿へと戻った。
あのスラッとした男を取り逃したため、個人的な成果としてはいまいちだったが、マイケルと顔見知りとなれたのは良かった。
『都影』の件も、俺が積極的に動かなくてもいいということが分かったからな。
マイケルは捕まえた黒服二人から情報を吐き出させるといっていたが、まぁ何も聞き出せない可能性の方が高いと思う。
あれだけ深い組織だと、情報を掴むのですら一苦労だろうが……俺の平和な生活のためにも全力で頑張ってもらいたいところ。
帰宅している道中でそんなことを考えつつ、俺は『都影』のことは忘れて仕事についてだけを考える。
やはり煙幕についてがかなりの難題で、明日に向けて色々と案を考えておかなくてはいけない。
帰ってから暗殺者時代のことを思い出しながら、良さそうな案を絞り出すことを決め、ボロ宿へと急いだのだった。
翌日。
情報集めのせいで碌に休日を満喫することができなかったが、一日の最後に『パステルサミラ』で料理を食べることができたのは良かった。
最高の料理のお陰で気持ちを切り替えることはできたし、煙幕に使えそうなアイデアもいくつか考えてあるため準備は万端。
『シャ・ノワール』に出勤するとしようか。
俺が店に着いたのは開店の一時間半前。
いつもよりも三十分も早く来たのだが、店の中に入ってみるとまさかのレスリーとヴェラが既に出勤していた。
レスリーは職場兼家みたいなものだし、いつも早い時間から何かしらの作業を行っているため驚くことではないのだが、ヴェラがこんな早い時間から出勤しているとはな。
火炎瓶を作成した辺りから、やけに気合いが入っているとは思っていたけど、ここまで早くに出勤しているとは思っていなかった。
「やっぱり早く出勤して来た」
「ジェイド、おはよう! ちゃんと体を休めたか?」
「ああ、お陰様でしっかりと休日を満喫できた。それよりも何でこんなに早く来ているんだ?」
「俺はいつもと変わらねぇよ! ヴェラは昨日からジェイドに会いたかったみたいで、早めに出勤したらしいぜ!」
俺に会いたいってことは、やはり煙幕についてのアイデアだろうか。
ヴェラとは意見が真っ向から食い違っていたし、俺もヴェラを説得するためのアイデアを練ってきた。
……考えることは同じって訳だな。
「会いたかったってどうしたんだ? 昨日休んでいたから寂しくなった――とかじゃないよな?」
「そんな訳ない。気持ち悪い。煙幕のアイデアを考えたから聞いて」
「やっぱり煙幕についてだよな。俺も考えたから、お互いにアイデアを言い合おう……の前に昨日の火炎瓶の売り上げはどうだったんだ?」
俺が早めに出勤した理由の一つが火炎瓶が気になりすぎたから。
自分で考えたアイデアであり、売れれば売れるだけ俺の懐にも金が入ってくるとなると、やはりどうしても気になってしまうもの。
「売上自体はあんま伸びてねぇが、それでも一昨日と同様に十五本は売れたぞ!」
「ということは、販売開始から三日で五十本も売れているのか。もう制作した半分を売ったって凄くないか?」
「凄いなんてもんじゃねぇよ! ヴェラの押し売りも大きいが、『シャ・ノワール』オリジナル商品がこれほど売れたのは初めての経験だ!」
「それはそうでしょ。あの駄作しか売ってなかったんだから」
「おい、ヴェラ! 駄作って言うな! 俺の作った商品も勧めてくれや!」
「勧めても誰も買わない。無駄なことはしたくない」
ヴェラがそう冷たく言い放ち、落ち込むかとも思ったが……。
どうやら駄作と言われたぐらいじゃ気にならないほど、火炎瓶が売れていることが嬉しい様子。
俺が火炎瓶の売れ行きの話を振ってから、ずっとニタニタとしているぐらいだからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます