第58話 二つの案
レスリーも嬉しそうだし、火炎瓶が無事に売れて本当に良かった。
「火炎瓶の売れ行きについては分かった。追加で生産するかどうかは、今日の売り上げを見て決めよう」
「そうだな! まぁ俺はもう追加で生産しちまっても良いと思っているけどよ!」
「もう火炎瓶はいい。早く煙幕の話」
「分かってる。そう急かすな。わざわざ俺を待っていたぐらいだしヴェラから話すか?」
「ううん。ジェイドのから聞かせて」
まずは俺から話をしなくちゃいけないのか。
急かすならヴェラから話せと言いたくなるが、アイデアは考えてきているしまぁ構わない。
「なら俺から話させてもらう。前から言っていた通り、俺は余計なものはつけずにコスト重視で考えている。そこで考えたのが、燃やすと大量の煙を発生させる『ローク草』を使った簡易煙玉。導火線に点火させてから、放り投げれば半径五メートルくらいまでを煙で覆うことができる」
実際に作ったことはないが、『ローク草』を燃やしたことは何度もあるためなんとなく分かる。
『ローク草』を発注するのがネックな点だが、値段自体は安いし火炎瓶と同じくらいの金額で制作することができるはずだ。
「半径五メートルって微妙。全然隠れられないじゃん」
「実際に使わないと分かりづらいだろうが、一瞬でも姿を隠すことができるってのは大きいぞ。それに一個で半径五メートルな訳で、十個一気に使えば広範囲を煙で覆うこともできる」
「俺はいいと思うけどな! 逃げ専用の道具だし、火炎瓶の方が需要はありそうだけど煙玉も売れると思うぜ!」
「命あっての物種だからな。時には攻撃よりも逃げる方が確実に大事だ。不安を煽って売れば、俺は火炎瓶以上に売れると思っている」
俺は暗殺者だったからこそ、逃げる手段を持っておくことの重要さが分かる。
標的が煙玉を使ってきたら俺でも面倒だと思うぐらいだったし、魔物相手にならより有効だと思う。
「流石に不安を煽ることはしないが、まぁジェイドがそう言うなら売れはするんだろうな! んで、ヴェラは一体何が不満なんだ?」
「一つ当たりの単価。他の機能をつけて、もっと高く売りたい」
「相変わらず現金な奴だな! 高くても売れなかったら意味がないんだぞ?」
「だから、私もアイデアを考えた。レスリーは黙ってて」
火炎瓶がそこそこ売れている訳だし、ヴェラのアイデアによっては二つ売り出しても良いとは思う。
全否定しようとは思わず、柔軟な思考でヴェラの話に耳を傾けた。
「私が考えたのはジェイドと同じ煙玉だけど、対象者を攻撃できるように毒を混ぜる毒煙玉。なるべく値段は抑えられるように良い毒も探した」
「毒煙玉については以前から話してはいたが、使えそうな毒についても探してきたのか」
「うん。『ベネノセビ』っていう植物。この街から西に進んで行くと森があるんだけど、そこで採取できる」
簡単に採取できるのであれば、比較的安価で制作することはできそうだ。
聞いたことがない毒なだけに、効果に期待できるかは分からないが……まぁアリといえばアリ。
「その毒の強さはどんなものなんだ?」
「吸い込むと全身が麻痺する。上手くいけば魔物であろうと呼吸筋麻痺で死ぬ」
「なら、絶対駄目だ」
「なんで。安いし効果も期待できる。ジェイドの案よりも確実に良い」
「死ぬのが駄目なんだよ。冒険者が馬鹿ばかりなのはヴェラも知っているだろ。確実に事故が起こるのは目に見えている」
風下で使用したりで、死傷者が出るのは分かりきっていること。
効果が強力というのは利点でもあるが、商品としてはデメリットにもなりうる。
「冒険者が馬鹿なことは分かっているけど、そんなことを言いだしたら何も売れない。武器とかも死ぬ可能性はある」
「毒煙玉とはまた違った話だ。商品化できるのは、とりあえず毒を弱める方法を模索してからだろう」
「俺もジェイドと同じ意見だな! 悪くはない案だったが、危険すぎるものは売れねぇ!」
「むむ」
レスリーにも却下され、口を堅く結んだまま唸ったヴェラ。
コストのことも考えられた上で、強力な効果が出せるものを考え出したのは良かったが、少しだけいきすぎたって感じだろう。
「でも、案としては悪くなかったと思うぞ。俺が個人で使うなら、ヴェラの煙玉を使うだろしな」
「――そうでしょ。店番もほどほどに色々と考えていたから」
「とりあえずジェイドの煙玉を制作する流れで決定だな! ヴェラの案はもう少し試行錯誤を施そう!」
営業前の朝の時間を使い、俺とヴェラで煙幕となりうる煙玉の案を決めた。
ヴェラに関しては接客よりも商品開発の方が向いていそうだし、もっと店が繁盛すればそっちの道に進んでも良さそうだとは思ったが……。
しばらくの間は『シャ・ノワール』の緩衝材として、店に立ってくれないと困る。
何せ俺とレスリーの二人が店番の時は、チラッと覗かれてから素通りされることが多々あるからな。
とにかく新商品の売れ行きも順調で、開発の方も順調。
昨日の殺伐とした空気が嘘のように、俺は楽しく仕事を行ったのだった。
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