第139話 初めての客人


 エアジストを購入してから、風属性の魔石を取りに一度宿屋に戻ってきたのだが、宿屋の前に見慣れた人物が立っているのが見えた。

 その人物はきょろきょろと周囲の様子を窺いながら、頻りにハンカチで額の汗を拭っている。


「マイケル。こんなところで何をしているんだ?」


 背後から近づいて声を掛けると、体を跳ね上げて驚いたマイケル。


「――おぉ、びっくりした! ……背後から急に声を掛けないでくれ」

「で、ここで何をしているんだ?」

「もちろん君に用事があって待っていたんだよ。ここじゃアレだから中に入れてもらうことはできるかね?」


 周囲を警戒していた動きからして、恐らく『都影』についての用事だろう。

 風属性の魔石とエアジストを試したかったのだが、これは時間がかかる用件となりそうだ。


「狭い部屋だが、それでも構わないなら中に入ってくれ」

「もちろん構わない。遠慮なく入らさせてもらうよ」


 マイケルを部屋の中に案内し、マイケルには椅子を譲って俺はベッドに腰かける。

 ……初めて部屋に招き入れた人物がマイケルになるとは、一切予想していなかったな。


「おっ、思っていたよりも良い部屋だね。もっと汚い部屋を想像していたよ」

「俺の部屋についての感想はいいから、早く用件を教えてくれ」

「すまん、すまん。ある程度の察しはついていると思うが、『都影』についてを話しにきたんだよ。ギルド長に見つからないようにしたから、かなり怪しい動きを取っていたんだ」

「やはりそうだったか。……『都影』に何か動きがあったのか?」

「いや、大きな動きがあった訳ではない。向こうが動く前にこちらが動かなくてはいけないから、なるべく早く実行したいのだよ」

「それで俺の寝泊まりしている宿屋まで来たってことか」

「急な話で申し訳ないが、君はいつなら動くことができるのかね? なるべく直近でお願いしたい」


 本当に急な話だな。

 いつでも動けるといえば動けるが、実際に動く前に一度情報を集めたいのが本音。


 休日一日使って調査したいが、それだと最短で動けるのが六日後。

 流石に遅すぎる気もするが、提案するだけしてみようか。


「六日後だと遅いか? やり合うのであれば準備をしたい」

「六日後は……ちょっと遅いかもしれないね。遅くとも三日後ぐらいには動きたいと思っている」

「なら、三日後で頼む。その間にできる限りの準備を整えておく」


 休日を使っての情報集めはできなくなったが、仕事が終わってから動けばある程度の情報収集は可能。

 その間は風属性の魔石とエアジストを試せないだろうし、ヴェラとの話し合いもできそうにないのがネックではある。

 やらなければいけないことが渋滞しており、暗殺者として働いていた時よりも忙しいかもしれないな。

 

「無理を言ってすまないね。それでは決行は三日後の深夜。わざわざ君に伝える必要はないと思うが、情報が漏れないようにだけ気をつけてほしい」

「それは俺の台詞でもある。二人だけで動くのだから、絶対に口外しないでほしい。情報が漏れるのだけが一番面倒くさいからな」

「私は決行日まで動くつもりもないから大丈夫だ。三日後はよろしく頼むよ」


 椅子から立ち上がったマイケルは深く頭を下げてから、部屋から出て行った。

 そんなマイケルの背中を見送り、俺はこれからの動きについてを考える。


 決行は三日後の深夜。

 ということは、今日、明日、明後日の夜時間しか動ける時間がない。


 決行日は万全な状態にしておきたいため、明後日はしっかりと睡眠を取っておきたいことから、情報集めは今日と明日で終わらせる。

 これから風属性の魔石の暴発を試すつもりだったが、情報集めを優先的に行わなくてはならない。


 購入したエアジストの入った箱を部屋に置き、動きやすい革の防具に着替える。

 懐にウーツ鋼の短剣を忍ばせ、情報を集めるための準備は整った。


 まだ日が落ち切っておらず、日暮れまでは一時間ほどある。

 明るい内は動きたくないため、このまま部屋で待機してもいいのだが……時間がないためやれることをやろう。


 前回の指導の時、テイトから『都影』についての情報を聞かなかったのだが、もしかしたら何か情報を掴んでいる可能性がある。

 忙しそうにしていたところを見ても、テイトが情報を掴んでいる可能性は限りなく薄いが尋ねてみる価値はあるだろう。


 久しぶりにテイトの気配を探って、二人を探してみるとしようか。

 指導以外では会うことすらないため少しだけ不思議な感覚だが、俺はテイトもしくはトレバーを探しに外へと出た。

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