第26話 競争


 俺と同じ速度で配達ができるというのであれば、俺との競争を提案しよう。

 元冒険者で体を動かすのに自信がある様子だし、即座に乗ってくるはずだ。


「なら勝負をしよう。ここから街の門までの競争。負けた方は口答えをせずに言うことを聞くか、大人しくここを辞める。どうだ、受けるか?」

「……え? おいおい、ジェイドに辞められたら俺が困るぞ!」


 レスリーから嬉しい言葉をもらったが、万が一にも俺が負けることはない。


「もちろん受ける」

「なら、交渉は成立だな。ヴェラ、表に出ろ」


 無表情ながらも瞳を燃やしながら、俺の勝負に乗ってきたヴェラ。

 ここで負かせば鼻っ柱を折ることができるし、駄目だったとしてもクビにしてからの新しい人材を探せばいいだけ。

 外に出たヴェラと横並びとなり、突如決まった俺対ヴェラの門までの競争が始まる。


「それじゃ、いつでもスタートしていいぞ」

「余裕そうな表情ムカつく。おっさんに足で負ける訳がない」


 そんな言葉と共に、暗くなり始めている道を駆けだしたヴェラ。

 俺はそんなヴェラを見送ってから、心配そうに見ているレスリーに軽く手を上げてから、後を追って走り始めた。


 ここから門までの一番の近道は、この大通りを真っすぐ突っ切ること。

 ただし、日が暗くなり始めてもなお活気で満ち溢れているため、多少遠回りしてでも大通りを避けて向かった方がスピードを出すことができる。


 ヴェラはそう判断したのか、すぐに大通りから外れて多少遠回りのルートを選択した。

 俺はそんなヴェラを視界に入れつつ――人の目を盗んで屋根上へと駆けあがると、いつものように音を立てずに風のように屋根から屋根へと伝って、人のいない俺流最短ルートを突き進んで門へと向かった。


 迂回したヴェラをあっさり追い越すとすぐに見えなくなり、あっという間に門へと辿り着いた俺。

 シンプルなルール故に盛り上がりもなく勝ってしまった。

 もう既に俺の勝利は確定しているのだが、圧勝を演出するために何かをやって到着するのを待つとしよう。


 近くに出店が出ているため、少し割高だけど夜飯を食べて待っていようか。

 一番割安な出店へと向かって飯を買い、地面に腰を下ろして食事していると……ようやくヴェラが門へと辿り着いた様子。

 俺が地面に腰を下ろして食事をしているとは流石に思わなかったようで、到着していないと思ったヴェラが少しだけ口角を上げたのが見えた。


「おい、何笑ってるんだ? ヴェラ、お前の負けだぞ」


 俺がそう声を掛けると、口をぽかんと開けながら両目をまん丸くさせて凝視してきた。


「……はぁー、はぁー。……な、なんで先にいる?」

「追い越したからだろ。遅すぎて飯を食っていたところだ」

「……い、意味が分からない。どんな裏技を使った? 魔法? いや、そんな都合の良い魔法なんて――まさか瞬間移動の魔法?」

「走ってきたんだよ。ヴェラが迂回しているところを俺は真っすぐ一直線にな」

「そんなの絶対にありえない。私は認めない」


 これだけの大差を見せつけたのだが、大差をつけすぎたせいで理解が追い付いていない様子。

 これはこれで困ったことになった――そんな風に頭を悩ませていると、ヴェラは俺に向かって拳を構えてきた。


「どういうつもりだ? 足の次は力で比べるつもりか?」

「本当に走ったなら筋力があるってことでしょ。確かめさせてもらう」

「……別に構わないが、人目がつくから路地裏でやろう。それと、このことはレスリーに言うなよ」


 俺は買った飯を食べながら、人気のない路地裏へとヴェラを誘い出した。

 俺からは攻撃を行わず、ヴェラの攻撃を全て避ければ流石に負けを認めるはず。


「いつでもいいぞ」

「遠慮なくいかせてもらう。……手加減しないから大怪我負わせたらごめん」


 そう謝罪してから、ヴェラは綺麗な構えから正拳突きを放ってきた。

 型からして、天影流に属する流派のもので間違いない。


 自己流ではなくしっかりと習って身に着けた技術。

 正直舐めていたけど、戦闘に関してならちゃんと指導を受けることもできるようだ。


 拳が俺の元に届くまでにそんな思考を挟みつつ、難なくヴェラの放つ正拳をギリギリで回避。

 続けざまに中段突きに裏拳、回し蹴りと連続して攻撃を繰り出してきたが、攻撃が俺にかすることすらない。


「な、なんで当たらない……?」

「これで分かっただろ? スピードは俺の方が圧倒的に速い。さっきの競争に不正もなかったこともな」

「おかしい。何か絶対におかしい」

「とりあえず約束は忘れていないだろうな。働きたいなら言うことを絶対に聞いてもらう。言うことが聞けないって言うなら、クビだから明日からこなくていい」

「…………」


 俯いたまま両の手の平を見つめた状態で動かないヴェラの肩を一度叩いてから、俺は一人路地裏を後にした。

 俺の過去が過去だけに、実力に関してはあまり知られたくないのだが今回は仕方がないこと。


 実力の一端しか見せていないから大丈夫だと思うが、穏便に生活を行うためにも、ヴェラにはできれば明日から来ないでほしいところだが……せっかくの女性従業員を逃すのも惜しいところ。

 そんなことを考えながら、レスリーに何があったかを説明するために俺は一度『シャ・ノワール』に戻ったのだった。

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