第25話 いざこざ


 そんな出勤してきたヴェラに、レスリーは渋い声をできるだけ柔らかくして話しかけた。


「ヴェラちゃん、おはよう! 今日からよろしく頼む!」

「……? もしかして店長ってこっち?」


 レスリーが出勤してきたヴェラに決め顔でそう声を掛けたのだが、表情一つ変えない真顔のまま指をさされてそう告げられた。


「ああ、そうだ。自己紹介していなかったがこっちが店長のレスリーで、俺はヴェラと同じ雇われているだけの従業員のジェイドだ」

「レスリーとジェイドね。てっきりジェイドの方が店長かと思ってた。口を開けたまま黙ってたし」

「それは面接をジェイドに任せていただけで、俺はキッチリと見極めていたんだよ! それよりもヴェラちゃん――」

「先に言っておくけど、ちゃん付けをやめて。そんな年齢でもないから」


 初会話に近いのに冷たくそう言い放たれ、面接の時と同じように口をあんぐりと開けたまま黙りこくってしまったレスリー。

 キツい性格だとは薄々感じてはいたが、もう雇ってもらったためか面接の時以上に当たりが強いな。


「おい、レスリー。言い返してもいいと思うぞ。――って駄目そうだな。ヴェラのために色々と準備をしていたのに」

「雇ってもらったのはありがたいと思っているけど、一切興味がないからいつも通りでいい」

「ヴェラ、追い打ちをかけるな。それより、もう開店の時間まで時間がないから最低限のことだけ教えていく。記憶力に自信がないならメモを取ってくれ」

「いらない。難しいことじゃなければ覚えられる」


 本当はレスリーが指導役だったのだが、しばらく使い物にならなそうなため仕方なく俺が指導することにした。

 俺が教えられることはほとんどないのだが、とりあえず最低限の接客と勘定のやり方だけを教える。

 あとはレスリーのやり方を見ていれば、勝手に覚えていくだろう。


「レスリー、俺は配達に行ってくるぞ。看板を『OPEN』に変えておくからな」

「ちょ、ちょっと待て! 俺をヴェラと二人きりにするな!」

「配達は俺がやらないと終わらないから無理なお願いだ。雇ったのはレスリーなんだし、俺の時と同じように教えてあげてくれ」

「本当にちょっと待て――」


 叫ぶレスリーを無視し、俺は一人配達へと出発した。

 俺も店での業務をこなしたい気持ちはあるけど、最近は配達の量が尋常ではないからな。


 レスリーとヴェラで店を回し、俺は配達に専念すれば余裕を持って営業を行えるはず。

 提案した通り、新規の配達についてはそれなりの手数料を頂くことになったし、配達自体の依頼は減ると踏んでいる。


 手数料がかかってもなお減らずに増える一方であれば、新たな従業員を雇うことができるしどちらに転んでも大丈夫なはずだ。

 今一番心配なのは店に残されたレスリーだが、まぁ流石になんとかなるだろう。

 そう割り切って、俺は配達に精を出したのだった。



 依頼されていた全ての配達を終え、俺が店に戻ってきたのは夕方。

 何度か裏口から荷物を取りに戻ってきてはいたが、レスリーやヴェラと顔を合わせていないため、どんな状況になっているのか未だに分からない。

 おかしなことになっていないことを祈りつつ、俺が裏口から店の方へと入ると……。


「おー、ジェイドッ! ようやく戻ってきてくれたか!!」


 レスリーが満面の笑みで出迎えてきた。

 まだ営業中なのにも関わらず俺の肩をバシバシと叩き、やたらと距離が近いため少し気味が悪い。


「配達を全て終わって戻ってきた。店の方は大丈夫だったのか?」

「なんとか店は回せた! ……が、ヴェラが酷すぎる! 仕事が雑過ぎるんだよ!」


 俺はレスリー越しにチラッと奥に佇んでいるヴェラを見たが、ぷいっとそっぽを向いた。

 色々と面倒くさいことになっているようで、話を聞かないと何がなんだかさっぱりだな。


「一体何があったんだ? ヴェラもこっちに来い」

「俺が色々と接客を教え込んでいたんだが、無視するわ文句を垂れるわでまともに働かねぇ!」

「ちゃんとやっているのに色々と言われるからムカついた」


 朝までのヴェラを女性として扱うというマインドは消え去ったのか、普段俺に話すような口調になっているのはいいが……ヴェラはやはり駄目だったか。

 態度からして気になっていた部分ではあったが、流石に仕事をしないのは話にならない。


「レスリーはこんなんだが、あくまで店主はレスリーだ。対するヴェラは働き始めてまだ一日目。レスリーの仕事ぶりをちゃんと見ていたのか?」

「……見ていた」

「嘘つけ! 一切見ていなかったし、お客さんにも雑に対応していただろ!」

「接客なんてしたことがないから仕方ない。私なりにやることはやった」

「やることやった程度じゃ仕事にならない。ちゃんとできないならクビになるぞ」


 俺がクビを伝えるべきことでは決してないのだが、流石に大揉めしているとなると言い出さずにはいられない。

 レスリーも店長として不甲斐なかった部分もあるけど、今回に関しては流石にヴェラが悪いからな。


「なら、私が配達をする。店をずっと留守にしていたジェイドに言う資格ない」

「それも無理だな。ヴェラでは配達はこなせない」

「こなせる。私は体を動かす方が得意」


 ……はぁー。今度は俺に噛みついてきたか。

 二十歳そこそこと若いし仕方ないといえば仕方ないけど、今後一緒に働くというのであれば、一度鼻っ柱をへし折っておいた方がいいかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る