第237話 バリオアンスロ


 遠目からでも高い建物だということは分かっていたが、真下から見ると想像以上に高い。

 中に結構な数の獣人がいそうだが、気配が僅かにしか探れないのは痛いな。


 門番が入口を固めているため正面から侵入できそうになさそうなため、裏手に回って侵入できそうな場所を探す。

 ただ……建物をぐるっと一周見た限り、正面にしか入口が見当たらない。


 これぐらいの建物ならば入口が複数個所あるものだが、侵入者を防ぐために入口は一つしか作らなかったのかもしれない。

 元々あった建物をアジトにしたのではなく、築年数から見てもアジトにするために建てられたのだろうからな。


 厄介な造りにはなっているが、幸いにも上の階層には窓がついている。

 壁をよじ登って、窓から侵入を試みるとしよう。


 鍵が閉まっていたり、鉄格子がついていたらどうしようもないのだが、無理にでも調べたいという訳でもないし、諦めることを視野に入れつつ俺は壁を一気によじ登っていく。

 三階くらいの高さまでよじ登ったところで、ようやく窓が手の届く位置にきた。


 中の人間に見つからないように注意しつつ、窓が開いているかどうかの確認を行ったのだが――流石に何も掴む場所もないこの高さの場所から侵入するとは想定していなかったようで、窓に鍵はかかっていなかった。


 鉄格子もついていないようだし、この窓から中に侵入することができそうだ。

 外にも気を向けつつ、近くに人がいないことをしっかりと確かめてから、俺は『バリオアンスロ』のアジトに侵入する。


 まずは身を隠せそうな場所の確認。

 息を潜めて身を潜り込ませ、建物の中を探っていく。


 かなり大きな建物ながらも人の気配は少なく、下の階層に獣人たちが集まっているのが物音からも分かる。

 流石に逃げ道のない下の階層へは行けないため、この階層から上の階層を調べていくとしよう。


 悪い噂は聞いていたし、何かしらの情報を手に入れることができれば、アルフィやセルジとの交渉にも役立つ。

 何か犯罪の証拠でも掴めればいいのだが……今のところシンプルな部屋が続くだけで、気になるものは特に見つからない。


 タコ部屋のような感じからみても、現在の階層は恐らく下っ端が寝泊まりするためだけの場所だろう。

 これ以上この階層を調べても何も見つかりそうにないため、すぐに別の階層の調査に移ることにした。


 物陰から物陰へと移動しながら階段まで向かい、上の階層に足を踏み入れた。

 ここは恐らく四階なのだが……急に雰囲気が変わったな。


 『都影』の旧アジトの地下にあった違法薬物の製造工場のような感じがある。

 この階層に漂う臭いも独特で、あの違法薬物の工場で嗅いだ臭いと酷似している。

 

 多分だが、この階層で違法な薬物を製造しているのだろう。

 ということは、下の階層は組織の下っ端が寝泊まりしている場所ではなく、この階層で違法薬物を製造している人間が寝泊まりしている場所ってことか。


 夜にわざわざ外で騒いでいるのも、兵士たちの目を下に向けさせるため。

 この階層に足を踏み入れたことで色々と繋がってきた。


 念のために部屋の中も遠巻きから確認したが、やはり大量の人間が違法薬物の製造を行っていた。

 気になったのは獣人がほとんどいなかったことだが、無理やり働かされている感じはなかったし、金目当ての性根が腐った人間だろう。


 ここまで見てきた情報から、もしかしたら悪事には手を染めていない組織なのかもと思っていたが、有名になるだけあって『都影』と似たような悪い組織であることは間違いなさそうだ。

 まぁ私利私欲だけではなさそうだがな。


 とりあえず情報としては十分すぎるものを手に入れることができた。

 もう帰ってもいいとは思うがまだ上の階層があるし、見つかりそうなるまで調べてみるとしよう。


 中までは踏み込むことができない違法薬物製造工場を後にし、更に上の階層に向かった。

 どうやらここが最上階のようで、これより上は屋上になっているようだ。


 帰りは屋上から壁を伝って脱出してもいいかもしれない。

 そんな帰路のことも考えつつ、最上階層の調査を行う。


 気配は相変わらず上手く探れないが、強者が放つビリビリとした独特の感覚がある。

 この階層に『バリオアンスロ』の幹部クラスが滞在していて、リーダーであるリングもいる可能性が高い。


 逃げ道の少ないこの場所で無茶な動きは取れないが、一目見るくらいはしておきたい。

 これまで以上に慎重に動き、下の階層と違って二部屋しかない最上階層の部屋の様子を覗う。


 酒でも呑んで楽しくはしゃいでいるかと思ったが、全員が窓の外を凝視しており、酒は吞んでいるものの楽しそうな雰囲気はないな。

 兵士の動きに視線を向けていて、想像していた通り兵士たちの監視をここから行っている様子。


 一方向、しかも全員が窓の外に注意を向けていることもあり、背後にいる俺の存在に気づく気配もない。

 そして――真ん中に立っている漆黒の毛を持つ獣人の姿が目に入った。


 ゴワゴワな毛並み、後ろ姿からでも分かる傷だらけで筋骨隆々の体。

 あれが『バリオアンスロ』のリーダーであるリングだろう。


 背後からだから顔は見えなかったが、リーダーの姿をこの目で確認することができた。

 ここまで無防備だともう少し探りたい気持ちになってくるが……見つかって厄介なことになる前にズラをかるとしよう。



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