第94話 説得
翌日の早朝。
昨日話していた通りレスリーとの交渉を行うため、俺とヴェラは早めに出勤していた。
「いつもにも増して、二人とも随分と出勤が早いな! なーんか嫌な予感しかしないんだが、俺の悪い予感は当たってないよな?」
「大丈夫。レスリーにとっても良い話」
「本当かよ! 俺にとって良い話なら、神妙な顔をしてないでスッと本題に入ってくれ」
レスリーに話があると言ったものの、どう話を進めていくかの相談を行っていたため、既に十分ほど待たせている状態。
やきもきとしているようで、レスリー的には早く話をしてほしい様子。
「ヴェラと色々と話を進めていたんだが、新しいオリジナル商品のアイデアを考えた」
「おっ! 煙玉に次ぐ新商品か? まだ売り出して間もないのに、もう新しい商品に着手しているのか!」
「――ただ、問題があって金がかかる。その金を『シャ・ノワール』から出してほしいんだ」
俺がそう言うと嬉しそうな表情が一転、非常に複雑なものへと変わった。
「金がかかる? 今回は高価なものを作るのか?」
「そのつもりでいる。この商品がヒットすれば、店を大きくしたり移転できるぐらいの売り上げは見込める」
「その話、本当かよ! ……で、いくらぐらいかかるんだ?」
「制作費は正直算段がつかない。アイデアを固める段階でこれぐらいはいる」
「指二本? ってことは金貨二枚か?」
「白金貨二枚だ」
「ば、馬鹿か! そんな金を出せる訳ないだろ!」
レスリーは唾を飛ばしながら全力で否定してきた。
流石に白金貨をポンッと二枚も出せないだろうし、更にここから制作の費用もかかる。
ただ……売れさえすれば、それ以上に利益を見込める訳であって、レスリーにはなんとか一歩を踏み出してほしい。
「火炎瓶や煙玉の売り上げがあるはず。店を大きくしたいなら出して」
「お前らの給料とか払わなくちゃいけないし、今後何があるか分からないから貯めておくんだよ! 手元に入ったからって使える訳ないだろ!」
「ケチ。新商品が売れればもっと儲かる」
「絶対に売れる保証はないんだろ?」
「この世に絶対はないからな。ただ決して分が悪い賭けじゃない」
「そう、話だけでも聞いてほしい」
俺とヴェラの必死の説得もあり、レスリーは何を作ろうとしているのかをまずは聞いてくれた。
髪を乾かす魔道具をいかに良い物かを、昨日寝ずに考えてきた言葉で必死に説明する。
「——てな感じだ。他の魔道具よりも値段を抑え気味で制作でき、この商品が売れさえすれば次に繋げることもできる」
「髪を乾かすだけって聞くと微妙だったが、そこから更に展開できるのは確かにいいな。……もっと費用を抑えられないのか?」
「魔石が高いから無理だな。火炎瓶のように何かで代用するのも難しい」
腕を組みながら無言で考え始めたレスリー。
頭の中で色々な計算がされているのは聞かずとも分かる。
「アイデアを固めるのに白金貨二枚。製品とするのに同じくらいかかるとして、個数作るのに更に金がかかるんだよな?」
「合計でかかる額は白金貨七枚と見てほしい」
「かぁーーー! 高すぎるだろっ! 白金貨七枚使って売れなかったら悲惨だぞ! 一個も売れなければ全部俺の負担になるんだよな?」
「うん。そうなったら諦めてほしい」
淡々と返事をしたヴェラの一言が突き刺さったようで、本当に斬られたように苦しみ出した。
店主として重大な決断を迫っているが、是非とも一歩を踏み出してほしいところ。
「ヴェラが考えている毒煙玉も並行して進める。こっちは売れないことがないだろうし、もしもの保険はあるぞ」
「…………くっ、んん、分かった! これだけの売り上げを出したのもジェイドと……まぁヴェラのお陰だし、白金貨七枚出してやる!! その代わり、絶対に成功させてくれよ!」
「何度も言うが、全力は尽くすが絶対はないぞ。その上で投資してくれるならありがたい」
「分かってるっての! 気持ち的に絶対成功してくれってことだ!」
「やった。お金は確保」
「早速、火属性の魔石と風属性の魔石を買いに行こう」
まだ早朝だし空いている店があるかどうか分からないが、下見ぐらいはしておいた方が良い。
俺はレスリーが差し出した白金貨の入った麻袋を受け取り、ヴェラと共に外へと出ようとしたのだが……麻袋を離そうとしない。
「……ん? なんで離さないんだ?」
「まずは普通の業務優先だ! あくまでもオリジナルアイテムはメインじゃないぞ! 売上も大事だが、贔屓にしている客を大事にできなきゃ意味がない!」
「ちゃんとそのことは分かってる。配達もキッチリ行うし、店番もするぞ」
「そう。私も分かってる」
「いいや。ジェイドは分かってるだろうが、ヴェラは分かってない! 物置の棚を見てみろ!」
レスリーに連れられ、物置の棚の前へと連れてこられた。
間髪空けずに棚の扉を開くと、そこには大量の書類が詰められてあった。
「ヴェラ! お前、頼んでた発注の仕事放り投げただろ!」
「げっ、バレてた」
「当たり前だろうが! ヴェラは朝のこの時間使って、昨日の仕事の続きだ! ジェイドは行っていいぞ!」
「何をやっているんだよ。……俺一人で買い出しを行うからな」
「待って。これ二人でやって、一緒に買い出しに行こう」
「それはヴェラの仕事だから手伝えない。俺は発注を教わってはいるが、実際にやったことないしな」
「ちぇ、使えない」
全て自分が悪いのにも関わらず、文句を垂れているヴェラを店に残し、俺は属性の魔石を買うために一人で街へと出た。
早朝のこの時間に目ぼしい店を見つけておいて、配達が終わってから買いにくるとしよう。
そんな今日の計画を立てつつ、属性魔石が売っていそうな店の物色を始めた。
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