第93話 魔道具のアイデア
髪を乾かす魔道具については真っ向から否定したいところだが、ヴェラもヴェラなりに考えがあるはずなため、妥協案の案を出すことにした。
「なら、火属性の魔石を固定せずに取り外し可能にすればいい。火属性と風属性なら温風。水属性と風属性を取り付ければ冷風って感じにできれば、暑い日も寒い日も使えるだろ?」
「……悪くないけど、大規模だし制作費用がかかる。その魔道具を作る前段階として、髪を乾かす魔道具を作るのがいい」
ヴェラも一切折れる気配がない。
毒煙玉もそうだが、かなり頑固な性格をしているため基本的に折れないんだよな。
「俺は厳しいと思ってしまってるから、この魔道具はとりあえず保留だな。次は俺が案を出す」
「いいけど、私の中では第一候補だから」
「俺の案は箱の中を一定の温度に保つ魔道具ってのはどうだ? 食材を入れておくのに使える」
「もうその魔道具ある。私の家にもあるし」
わざわざ乾燥させずとも、食材を日持ちさせられる良い案だと思ったのだが既に存在していたのか。
以前から考えていて、これなら絶対に売れると確信していた魔道具だっただけにショックが大きい。
「火属性の魔石を使った調理台はどうだ?」
「それももうある」
「水属性の魔石を使った服を洗う魔道具は?」
「それももうあるって」
俺が考えていたものは、ことごとく既に存在するものばかり。
元暗殺者だけに戦闘面では良いアイデアを出せていたが、日用品となると突飛なアイデアは出せないとはっきり分かってしまった。
「意外と作られている魔道具は多いんだな。なのに、温風や冷風を発生させる魔道具はないのか?」
「必需じゃないからかも。使いやすいストーブがあるし」
「なるほど。使えるか使えないかのギリギリのところを攻めなくてはいけないな。……となってくると、髪を乾かす魔道具はアリなのか?」
「でしょ? 髪の長い人ならきっと欲しい」
俺の案が全てボツになったことで、急にヴェラの案が良く思えてきた。
コストをなるべく抑えつつ、小型の魔道具を制作すればワンチャンあるかもしれない。
「今のところの第一候補は髪を乾かす魔道具だな。風の属性魔石を中心に考えるのはいいかもしれない」
「うーん……。掃除に使えるのは? 強い風を吹かせて埃を飛ばす魔道具」
「考えは悪くないが、ゴミを部屋に撒き散らすだけにならないか?」
「なら吸い込む方。吸い込むのができるのか分からないけど」
風属性の魔石を使ってゴミを吸引させる――これはかなり良さそうだな。
実現可能かどうかが怪しいが、魔法では実際にやったことがあるためやりようによってはできそうな気がする。
「吸い込ませることができるなら、掃除用の魔道具は面白そうだ。第二候補ってところか?」
「あとは……服を洗う魔道具はあるけど、洗った服を乾かす魔道具はない。火と風の魔石で乾かす魔道具も作れそう」
「衣類を乾燥させる魔道具か。干せばいいだけだし、需要はあまりなさそうだが悪くはないな」
「空を移動する魔道具は? 風を使えば作れそうじゃない?」
「それは絶対に無理だ。物を浮かせるとなると、洒落にならない魔石量が必要になる。仮に飛ばせたとしても着地も墜落も怖すぎるし、現実的じゃない」
最後のはあまりにも夢物語だったが、ヴェラの案はどれもこれも悪くないものばかり。
戦闘面では俺の方が良いアイデアを出せていたと思うが、やはり“普通”の生活をしていなかった分、日用品に関してはヴェラの方が数段上。
「風の魔道具に絞って良いアイデアが結構出せた。まずは髪を乾かす魔道具をレスリーに提案してみるか」
「やった。レスリーをどうやって説得するか考えよう」
「簡易的なアイテムと違って、俺達だけでの制作も難しそうだしな。レスリー作のアイテムは外注していそうだったし、アイテム制作を依頼できる伝手は持っていそうなんだよな」
「なら、特にやることはないの?」
「もっと具体的な内容を詰めるだけで良いと思う。魔石の量や、火属性の魔石と風属性の魔石の割合なんかも細かく伝えないといけないだろうからな」
「割合なんか分からない」
「俺も分からん。自費で購入するしかないのか?」
「……自費は嫌。レスリーに頼もう」
お金を出してくれるか分からないが、クズ魔石と違って属性の魔石は高価なため、今回ばかりはヴェラと同じく自費は避けたいのが本音。
明日、一度目の交渉をするとして、とりあえず今日はこんなところか。
「レスリーにお願いするしかないな。とりあえず今日できるのはここまでか」
「だね。髪乾かすの魔道具、掃除用の魔道具、温風冷風の魔道具、服乾かす魔道具。これだけのアイデアが出たら十分」
「アイデアを現実的なものにするのが難しいんだろうが、ここは二人で調整していくしかない」
「なんか楽しくなってきた」
ヴェラは口角を上げながらそう呟いた。
日用品のアイデアはポンポンと出ていたし、やっぱり向いているのかもしれない。
「嫌々じゃないなら良かった。それじゃ俺はそろそろ帰るぞ」
「うん。明日、レスリーへの交渉よろしく」
「ヴェラもちゃんとお願いしろよ。……あっ、それと一つお願いがあるんだがいいか?」
「えっ? 嫌だけど」
さっきまであれだけ楽しそうだったのに、きょとんとした顔で即座に拒絶してきたヴェラ。
せめて内容を聞いてから断れと言いたくなるが、無理やり本題に入った方が手っ取り早い。
「ルーキー冒険者と手合わせしてほしい。一人はダメダメだが、一人は筋が良いから全力で戦ってくれると助かる」
「嫌って言っているんだけど、もしかして聞こえてない?」
「次の休日に紹介するから、よろしく頼んだ」
「面倒くさいし私はやらないから。……聞いてる?」
一方的にお願いを押し付け、俺はヴェラの部屋を後にした。
ヴェラの母親は最初から最後まで扉に張り付いていたらしく、俺が扉を開けると目が合い、わざとらしく愛想笑いを浮かべている。
「夜に押しかけてすまなかった。お邪魔した」
「い、いえいえ。どうぞ娘をよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたヴェラの母親に俺もお辞儀を返し、ヴェラの家を後にする。
二人の手合わせも頼めたし、非常に有意義な時間を過ごすことができた。
この時間を無駄にしないためにも、明日はしっかりとレスリーを説得しないといけないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます