第92話 ヴェラの家


 終業後、俺はヴェラと共にヴェラの家に向かって歩いている。

 朝に思いついた、新たなオリジナルアイテムのための話し合いを持ち掛けたところ、何故かヴェラの家で話し合いを行うことになった。


 本当は飯屋か飲み屋かで話し合いをしたかったのだが、周囲がうるさいのは嫌だということでヴェラの家に招待された。

 ヴェラは両親と一緒に住んでいる情報を持っていたため、俺の泊まっている部屋の方がいいんじゃないかという提案もしたのだが、『臭そうだから嫌』と一蹴されてしまった。


 変な緊張感を持ちつつ、ヴェラの後を追って歩いていると……どうやら着いたらしい。

 大通りから近いが、北の富裕層エリアにある大きな建物。


 共同住宅のようで、この建物にいくつもの人が住んでいるようだ。

 ヴェラの家はこの五階にあるようで、長い階段を上って部屋まで向かう。


「五階って大変だな。毎日上り下りしなきゃいけないんだろ?」

「別に? もう慣れてる」

「忘れ物とかしたら面倒くさいだろ。ヴェラはよく忘れ物をしそうだしな」

「何か忘れても取りに戻らない」

「性格的に考えるとそうか」


 ここで話は終わり、再び長い沈黙となる。

 未だにヴェラとの会話は一切続かない。


 話を振ってこない上に、意図的に会話を早く終わらそうとしてくるため、続けようがないんだよな。

 冒険者時代の話は露骨に不機嫌になるし、本当にアイテムのアイデアの話では盛り上がらない。


 よくこの性格で冒険者としてパーティを組めていたと感心するが、実力は確かだったのは間違いないはず。

 あの時は冒険者の基準がよく分かっていなかったが、今考えると競争した時の動きは相当速かった。


 色々と聞きたい話はあるのだが、このタイミングで不機嫌になられたら困るため黙って後ろをついていく。

 そして五階まで辿り着き、ヴェラが扉を開錠して中に入ると――。


「おかえりー! 今日も遅かったわね!」


 想像もしていなかった出迎えの声が俺の耳に届き、思わず中に入るのを躊躇ってしまう。

 ヴェラを出迎えた人物は朗らかな笑みを浮かべていて、ヴェラとは違って明るい声音。

 ただ顔はヴェラと似ているため――恐らく姉、母親の可能性もあるのか?


「知り合い連れて来た。部屋に通すから、母さんは大人しくしてて」

「ヴェラのお知り合い!? もしかして彼——」


 彼氏と言いかけながら俺を覗いてきたヴェラの母親と目が合って、ヴェラの母親は完全に固まってしまっている。

 ヴェラが二十一歳と言っていたし、流石に俺より年下ということはないだろうが……年齢はかなり近い。


 見た目だけなら、確実にヴェラの母親の方が若く見えるだろうし、娘が変なおっさんを家に連れて来たとなれば、固まってしまったのも頷ける。

 俺もなんて声をかけるか分からず、互いに見つめ合っていると――。


「早く中に入って。無視していいから」


 ヴェラにそう言われ、俺は軽く会釈だけしてから家の中へと上がらせてもらった。

 そのままヴェラの部屋へと直行し部屋の中に入ると、ヴェラは手慣れた手つきで扉を閉めて鍵をかけた。


「あれ、母親。鬱陶しいでしょ」

「別に鬱陶しいとは思わなかったが、かなり若くないか? 一瞬ヴェラの姉かと思った」


 俺がそう発言すると、扉の向こうから『まぁ!』という嬉しそうなヴェラの母親のい声が聞こえてきた。

 ヴェラはイラついた様子で扉に向かって物を投げつけ、扉越しに聞き耳を立てている母親に攻撃した。


「おい、物を投げるのはやめとけ。扉が壊れるぞ」

「聞き耳立てているのが悪い。ああでもしないと盗み聞きをやめないから」


 ちなみにだが、未だにヴェラの母親は扉に耳を当てて聞き耳を立てている。

 話を聞かれるのは嫌ではあるが、ヴェラに伝えるとややこしくなるのは目に見えているため黙っておくことにした。


「……意外と部屋は綺麗にしているんだな」

「じろじろ見るな。気持ち悪い。時間もないし早く本題に入ろう」

「気持ち悪いってのやめてくれ。俺もレスリーも傷ついているからな」

「気持ち悪いことしなければいいだけ。それより本題」


 ヴェラの気持ち悪いの基準が分からないからな。

 まぁ部屋の中をジロジロと見るのは、確かに気持ち悪いかなとは思ったが。


「新しいオリジナルアイテムをどうするか――だな。毒煙玉は一度置いておいて、何かアイデアはあるか?」

「戦闘用アイテムじゃなくていいんだよね?」

「ああ。今回は値段も気にしなくていいぞ」


 火炎瓶と煙玉のお陰で金が入り、オリジナルアイテムを成功させたことで、レスリーも大金をつぎ込んでくれるはず。

 説得はしないといけないだろうが、良い物なら迷わず制作してくれるだろう。


「うーん……髪を乾かす魔道具とか。拭くのめんどうくさいし」

「髪を乾かす道具? そんなの必要あるか?」

「ジェイドは髪が長いから分かるでしょ。濡れているのは鬱陶しいし、拭くのは面倒くさい」


 分かるといえば分かるが、別に濡れたままでも気にならないからな。

 魔道具となると金がかかるだろうし、大金をかけてまで髪の毛を乾かしたい人はいないと思ってしまう。


「火属性の魔石と風属性の魔石を使えば、それっぽい魔道具は作れそうだが……需要がないだろ」

「多分ある。富裕層エリアの人間なら買うはず」

「それだったら、蒔きストーブの代わりに温風を発生させる魔道具の方がよくないか? 頭を近づけさせれば髪を乾かせるし、部屋もあったまって一石二鳥だろ?」

「それだと暑い日は使えない。魔石の消費量も多くなるし」


 これは真っ向から意見が割れたな。

 ヴェラの言い分も分かるが、髪の毛を乾かすだけのものを売るというのはリスクが高すぎると思ってしまう。

 売ってみないと実際には分からないのだが、用途が局所的すぎるため俺としては避けたい。

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