第2章

第35話 最悪の休日


 意図せず『都影』の支部長を殺した翌日。

 出勤前のいつもの日課に加えて、短剣の手入れを行っていた。


 昨日も一応手入れは行ったが、念には念を入れて今日も入念に行う。

 使用した後の武器の手入れは絶対にやらなくてはいけないことの一つで、何よりも大切というのは暗殺者時代に身を以て体験してきた。


 俺は短剣を研ぎながら、不幸続きだった昨日のことを思い出してしまう。

 せっかくの休日だったのに、まずは初っ端からトレバーの指導を行うハメになった。


 そこまでは約束していたことだったし割り切っていたのだが、悲鳴を聞いて様子を見に行ったのが大失敗。

 『都影』という大きな組織の支部長とやり合うことになり、極悪人ということもあって手にかけてしまった。


 その後はテイトから色々と話を聞いていたこともあり、バーを出たのは夕方前。

 行きたいと思っていた『ランファンパレス』はもちろん、ギルド通りの定食屋も時間が冒険者で賑わうピークになってしまっていたから行けなかったのだ。


 バーから離れるために大通りへと戻り、目に付いた空いている店に入ったのも運の付き。

 値段が高い割に出てくる料理の質が低く、露店市で肉串を買った方が正解と思える料理だった。


 お腹が空いてしまっていたこともあってかなりの量の料理を注文してしまい、大量の不味い料理を食い切るのに時間がかかって、店を出たころには辺りはすっかり真っ暗。

 時間と金を無駄に浪費し、不味い料理で腹いっぱいという最低のコンディションで昨日の休日は終了した。


 思い返すだけで萎えてくる一日だったが、そうこう振り返っている間に短剣の研磨が完了。

 昨日のことを忘れるため、『シャ・ノワール』のためにバリバリ働くとしよう。



 いつもより少し早く出勤し、俺が店の扉を開けるとレスリーとヴェラの姿があった。

 レスリーはいつも早いが、ヴェラも一昨日から出勤時間が早くなった気がする。

 昨日のことは分からないけど、親睦会で語っていた通り心機一転頑張るという気概が目に見えて分かる。


「おー、ジェイド! 昨日の休日はしっかりと満喫できたか?」

「ああ、お陰様で体をリフレッシュさせることができた。ありがとう」


 本当は全然リフレッシュできていないどころか、働いていた方が心身共に休まるぐらいの一日を過ごしていたのだが……。

 そのことをレスリーに言ったところでどうしようもない。

 しっかりと休日をくれるレスリーに感謝の言葉を伝える方が、互いにとっても気持ちがいいしな。


「そりゃ良かったぜ! 店の方もなんとか回せたし、ジェイドやヴェラにしっかりと休暇をやることができる!」

「俺がいなくても回せたのか。それは安心した」

「まぁ一日が限界って感じだけどな! 二日以上空けられたら、完全に店が回らなくなる! 実際に配達は溜まりに溜まっているしよ!」


 レスリーが指さした倉庫の方を見てみると、確かに大量の荷物が山積みになっている。

 量を見るに昨日の分と、今日の分ってところだろうか。

 

「なら、今日は配達三昧で俺の業務は終わってしまいそうだな。……というか、今気づいたんだが、レスリーは休みを取ってないのか?」


 今思えば、俺が働き始めてからずっと働いている気がする。

 『シャ・ノワール』は休みの日を設けていないし、俺が来る前からずっと働き詰めだったのか?


「そりゃ俺の店だから、俺に休みがねぇのは当たり前だろ! まぁ年末年始は店閉めて休んでるから心配ご無用だ!」

「心配いらないって言われてもな。もう年齢も年齢だし、少しは休みを入れた方がいいんじゃないのか? せっかく俺とヴェラを雇った訳だしな」

「俺は休みはいらねぇっての! この十年間は店は開いているけど、ずっと休んでいるようなもんだったからな! 最近は店が繁盛してきて忙しくなることに嬉しさを感じてんだ!」


 レスリーは嬉しそうに笑ってそう言った。

 ……若干は違うかもしれないが、俺の心境と似ている感じなのだろう。


 俺も働いているけど楽しさが勝っている状態で、正直休みなんかいらないからな。

 休みは休みで色々できるから嬉しいが、働いているのも楽しい。

 レスリーも俺と同じ状態だと思うと、少しは心境を理解できた気がした。


「なるほど。まぁレスリーの気持ちも分かる気がするし、俺も無理に休めとまでは言わない」

「……は? 私は何言っているか全然分からなかったけど。休めるなら休める分だけ嬉しいし」

「ヴェラはまだ若すぎるのかもしれねぇな! 俺達の領域になるとそうなってくるのよ!」

「本当に理解不能」

「ああ。ヴェラももっと苦労するようになれば分かるだろう。とりあえず俺は溜まっている配達に行ってくる。レスリーも体がしんどくなってきたら遠慮なく言ってくれ」

「ジェイド、ありがとよ! 配達の方はよろしく頼んだぜ!」


 多分だけどいくら言ってもレスリーは休まないだろうし、少しでも業務での負担を減らすように俺が頑張らなくてはいけない。

 俺は頬を軽く叩いて気合いを入れてから、大量の荷物を持って配達へと出たのだった。


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