第211話 約束



 後ろから声を掛けられ振り返ると、そこに立っていたのはスタナだった。

 てっきりいないものだとばかり思っていたが、どうやら丁度治療院から帰るところだったらしい。

 少しほっとしていたところに不意打ちのような感じだったため、返事をするのが一瞬遅れてしまった。


「……スタナか。今から帰るところなのか?」

「やっぱりジェイドさんでしたっ! お久しぶりですね! 全然来てくれないので寂しかったんですよ」


 本当に嬉しそうな表情を浮かべ、そう言ってきてくれたスタナ。


「俺も会おうと思ってたまに来てみてはいたんだが、この時間になってしまうから諦めてたんだ」

「そうだったんですか……。一見明かりが点いていないように見えても、中で仕事している時があるので来てくれたらいることもあったと思うんですが、流石にそんなこと分かりませんよね」

「ああ。この位置から明かりが点いていないと思ったら、いないものだとばかり思ってしまう」


 見た目も相まって、完全に泥棒と間違えられるだろうしな。

 迂闊なことをして迷惑をかけられないし、いるという確証がなければ近づくことはできない。


「俺もそうだが、スタナも全然店に来てくれなくなったよな?」

「かなり忙しくなっているみたいでしたので。私も何度かお店に顔を見せに行ったのですが、どんな日のどんな時間帯にもお客さんで溢れていたので、入るに入れなかったんですよ! 働いている方もレスリーさんやジェイドさんじゃなかったですし!」

「多分、最近雇った従業員だと思う。レスリーは絶対に店の中にいるし、スタナなら気にせず来てくれて構わないのにな」

「いやぁ、流石にお忙しい中は迷惑かけられませんので。レスリーさんもすっかり元気になられましたし、お客さんがいなくて愚痴を聞いていた時がずっと昔のように思えます」


 少し寂しそうにそう呟いたスタナ。

 俺もそうだが、スタナも迷惑かけないように動いていたんだな。


 実際に店が忙しいこともあったし、休日は『都影』の件で動き回っていた。

 スタナもこっちに気を使って動いていたのだから、そりゃ会える訳がない。


「スタナの方がレスリーとは長い付き合いだもんな。知り合ったばかりの頃はずっと暇そうにしていたのか?」

「私が治療院で働き始めてすぐに知り合いましたから、もう六年くらいの付き合いですが……本当にずっと暇でしたね! 居心地は非常に良かったんですけど。ジェイドさんが働き始めてから、みるみるうちに人気店になってしまいました」

「俺の影響はあっただろうな。人気店にしてしまって悪かった」

「謝るのはおかしいですっ! 私が人気が出るのを嫌みたいじゃないですか!」

「口ぶりからそうだと思ったが違ったのか」

「そりゃ少しは寂しいですけど、レスリーさんも楽しそうですし嬉しい気持ちの方が大きいですよ!」


 頬を膨らませながら弁明してきた。

 まぁスタナはそういう人間だろうな。

 やはり……こういう何気ない会話が非常に楽しい。


「とにかくスタナが元気そうで良かった。ゴブリン騒動の時は疲れ気味だったし心配してた」

「疲れてたのはあの時だけで、ほどほどな忙しさの中で元気にやらせてもらってます! ジェイドさんもお元気そうで安心しました。忙しくなっているのは知っていたので私も心配していたんですよ! それで……今日は何か用事があって訪ねてきたのですか?」


 俺としてはもう少しだけ会話を楽しみたかったのだが、スタナの方から話を振って来た。

 聞かれたからには、訪ねた目的を答えるしかない。


「実は、この近々街を離れるつもりでいる。スタナにはその報告をしようと思って会いに来たんだ」

「……え? は、離れる? ジェイドさんがですか?」

「ああ。どうしても離れなくてはいけない理由ができてしまってな。スタナには色々と良くしてもらったし、『シャ・ノワール』に勤められるよう紹介してくれたのに本当に申し訳ない」


 予想していなかった言葉だったのか、いつも微笑んでいるスタナにしては珍しく口を開けたまま表情が固まっている。


「ちょ、ちょっといきなりの事で驚いてます。それは本当に……絶対にぜーったいにこの街を離れないといけないことなのでしょうか?」

「ああ。絶対に離れなくてはいけないことだ」

「そうなんですね。ジェイドさんとはせっかく仲良くなれたのに、この街を離れてしまうのは本当に残念です」

「ただ、用事が済んだらすぐに戻ってくるつもりでいる。レスリーには恩を返したいしな。どれくらいの期間になるかはまだ分からないけど、なるべく早く戻ってこれるように全力を尽くすつもりだ」

「その言葉を聞けたのは良かったです。私もジェイドさんが戻ってくるのを待っています」

「ああ。戻ってきたらまた仲良くしてくれると助かる」


 まだぎこちないが、スタナの顔に笑顔が戻ってくれた。

 レスリーやヴェラのような感じもありがたかったが、こうして全面に悲しさを表現してくれるのも嬉しい。

 暗殺者ではない俺を大事にしてくれる人であり、絶対に大切にしなくてはいけない人。


「それで、いつ頃発ってしまうんですか? この街を去ってしまう前に、ジェイドさんと一度お出かけしたいのですが……駄目ですか?」

「多分すぐに発つし、『シャ・ノワール』も変わらず忙しいからな。ただ、一回は一緒にどこかに行きたいと俺も思ってる」

「良かったぁ! 絶対に一回は遊びましょう! 約束ですからね!」

「ああ。約束させてもらう」


 差し出すように伸ばされた小指を小指で合わせ、スタナと約束を交わす。

 年も年だけに少々恥ずかしいが、それ以上に嬉しさが勝っている。


「それじゃ私の方からお伺い致します。ジェイドさんがしばらく街から去るということでしたら、遠慮なんてしていられませんので!」

「いつでも来てくれ。今回の件だけでなく、レスリーもスタナが来てくれたら喜ぶと思うしな」

「そうだと嬉しいんですけどね! それでは今日は遅いので帰りましょうか」


 こうしてスタナと約束を交わしてから、俺は宿屋へと戻った。

 単純に一緒に出掛けるのがは楽しみだ。

 あとは……トレバーとテイトにも去ることを伝えないといけないな。



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