第210話 できること
レスリーと話をしてから三日が経過した。
辞めるまでの間にやれることを全てやるため、休む時間を全て返上して仕事に当たっている。
今日は業務終わりにヴェラに付き合ってもらい、今頭の中にある魔道具のアイデアを伝えた。
全てのアイデアを伝えたところでヴェラは大きく息を吐くと、椅子に思い切りもたれかかれるように天井を向いた。
「ふぅー、色々聞いたから疲れた。面白そうなアイデアばかりだと思ったけど、実現できそうなのは二割くらいかな」
「そこの判断はヴェラに任せる。俺なんかよりもセンスが良いしな」
「うん、任せてくれていい。……ただ、本当に辞めるんだね。ついこの間、私に説教してたのにジェイドのが先に辞めるのはズルい」
姿勢を元に戻すと、口をとんがらせて拗ねたような表情を見せたヴェラ。
確かに説教をしたすぐ後に辞めるというのは、俺としても恥ずかしい状況。
偉そうにしたことは謝らないといけないな。
「悪かったな。俺も辞めざるを得ない理由ができるとは思ってなかった」
「別にいいけど、理由は教えてくれないの? レスリー以外には話してないんでしょ」
「ヴェラになら話してもいいが……言わないと駄目か?」
話したくはないが、レスリー同様に付き合いも関係値も深い。
ヴェラは元冒険者だったし、軽くではあるが直接戦ったこともあるから話せるといえば話せる相手。
「別に言いたくないなら言わなくて……。いや、やっぱ聞く」
「分かった。俺は元暗殺者で、そのことで色々と迷惑事に巻き込まれた。このまま居たら確実に迷惑がかかるから、その件を解決するために辞める」
「ふーん。ジェイドは元暗殺者だったんだ」
表情を凝視していたのだが、やはりレスリー同様に負の感情は一切出さない。
驚いていた様子もないことから、やはり薄々だろうが勘付かれていたようだ。
「レスリーもそうだったが驚かないんだな」
「知識量とか異常だったし、門までの競争の時点で只者じゃないって分かってたから。有名な暗殺者だったの?」
「有名ではなかったと思う。影で噂にはなっていたと思うが」
「有名じゃないんだ。伝説の暗殺者なら自慢できたのに」
「自慢って、そんな物騒な自慢を誰にするんだ。それに有名な時点で暗殺者としては失格だからな。腕の良い暗殺者ほど姿を悟られていない」
クロが口酸っぱく言ってきた言葉であり、俺も暗殺者の時は大事にしてきたもの。
そしてこの言葉の通り考えると、クロが一番優秀な暗殺者と言えるだろう。
表だった活躍をしているのにも関わらず、特に重要な仕事に関しては自分で行っていたのを俺は知っている。
帝都で知らぬものの方が珍しいくらいに顔が割れているのに、俺と同じく失敗したことがない。
誰も暗殺者と疑うことすらないという状況も含め、最高峰の暗殺者。
「ふーん。なんかの名言みたい。誰かの後売り?」
「ああ、俺の育ての親のような人物の言葉だ」
「まぁなんでもいいや。とりあえず、その用事を片付けたら戻ってくるんでしょ? 早く終わらせてすぐに戻ってくればいいじゃん」
「そう簡単じゃないから辞めるんだが……ヴェラの言うことも一理あるな。こうやって受け入れてくれているみたいだし、気兼ねなく戻ってこられそうだ」
「過去がなんであれ、ジェイドはジェイドだから。ただ、他の人には言わない方がいいよ。元冒険者じゃなければ引くだろうし」
「元々言うつもりはない。何はともあれ、今日は付き合ってくれてありがとな」
「別にいい。ジェイドのアイデアを形にして、私だけがアイデア料を頂くし」
ヴェラは少し意地悪そうに言うと、楽しそうな笑顔を見せてきた。
過去を知ったのにも関わらず、レスリー同様にこうして受け入れてくれるのは嬉しいものだな。
ヴェラは正直最初は好きではなかったが、今では大事な人の一人となっている。
もちろん他の従業員もそうだが、やはりレスリーとヴェラは少しだけ特別。
「送別会とかするのかな? レスリーならやりそうだけど」
「それはパスだな。ヴェラもやりたくないなら、俺が発つ日はギリギリまで黙っていてくれ」
「日にちは決まってるの?」
「いや、まだだ」
「なんだそれ」
そんな他愛もない会話をしながら、店の戸締りをして解散となった。
既に求人募集を見た人から、働きたいという申し出が複数人来ている。
この人達がある程度働けるようになったら、正式に俺は『シャ・ノワール』を辞めることになるだろう。
こうやって辞めるという話が進む度に、俺がいた場所がなくなるようで少しだけ悲しくなる。
そんなことを考えながら歩き、俺は治療院にやってきた。
何度も訪れようとしては、少し遠巻きに覗いては引き返してきた場所。
色々と忙しかったこともあり、スタナとは最近会えていない。
暇だった頃は頻繁に来てくれていたが、レスリーも忙しくなったことで体の調子が何故か良くなっているから診察にも来なくなった。
レスリーに並ぶくらいお世話になった人物だし、流石に街を去ることは伝えようと思っているのだが……如何せん時間が合わない。
この三日間、こうして遠巻きから確認しては明かりが点いておらずに引き返しており、今日ももちろんのことながら明かりは点いていない。
辞める前も忙しく時間が本当に合わない――いや、俺が時間が合わないように行動しているのか。
よく分からないが去ることを伝えると決めた途端、スタナと会うことに対して緊張の気持ちが勝っている。
現に少しほっとしている自分がいるしな。
とりあえず毎日通って出会えたら伝えよう。そう心の中で決め、引き返したのだが――。
「ジェイドさんですか!?」
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