第209話 告白


 翌日。 

 まずレスリーと話をするためにも、早めに出勤することにした。


 『シャ・ノワール』に着いたのはまだ空が明るみ始めたばかりだが、中から明かりが漏れているしレスリーは既にいる様子。

 やけに緊張するため、大きく深呼吸をしてから扉を開けて中へと入った。


「おっ、ジェイド! 今日は随分と早いな!」


 レスリーは陳列を変えていたようで、商品が大量に出されていた。

 俺はすぐに隣に行ってその作業を手伝いながら、話を切り出すタイミングを窺う。


「昨日は休みだったからな。三連休もらったばかりなのにすぐ休みだったから体力が有り余ってた」

「そうかそうか! 体を休めたなら良かった! それよりよ……俺に何か話があるんだろ?」


 作業していた手を止めると、俺に向き直ってそんなことを言ってきた。

 心の中を読まれている感覚になるが、レスリーはそんな能力を持ち合わせていないはず。


「なんで……そう思ったんだ?」

「店を抜けた日から明らかに様子がおかしかったからな! 冒険者ギルドから勧誘を受けているんだろ? ジェイドはそっちに行きたい気持ちがあるんじゃないか?」


 レスリーからくれた絶好機。

 このまま肯定し、俺の過去は隠したまま後腐れなく去るチャンス――のはずなのだが、散々世話になったレスリーに嘘をついたままでいいのかという気持ちが芽生える。


 冒険者ギルドに勧誘されているなんて嘘をついたのも、隠したまま去ることができる嘘だったはずなのだが……。

 やはりレスリーに全てを隠したまま、『シャ・ノワール』を辞めるのは不誠実だとこの土壇場で思ってしまった。


「レスリーには全てお見通しだったか」

「そりゃ俺の店の初めての従業員だしな! 付き合いもそこそこ長くなるし、普段と違うことくらいは俺でも分かるぞ!」

「そんな目線で見てくれていたのは本当に嬉しいな。レスリーの言う通り、『シャ・ノワール』を辞めるつもりでいる。ただ……俺は嘘をついていて、辞める理由は違うんだ」

「嘘をついていて? 冒険者ギルドに勧誘されていた訳ではないってことか?」

「ああ。実は……俺は元暗殺者なんだ」


 少し溜めてから、レスリーにそのカミングアウトを行った。

 恐怖されるのは確実。

 この場から逃げ出される覚悟もあったが、レスリーが見せたのは俺の想像していた反応と違った。


「やっぱりそうだったか! 暗殺者って聞いて色々と府に落ちたぜ!」


 笑顔でそう呟いており、何なら薄々勘付かれていたようにも思える。

 衝撃のカミングアウトをしたつもりが、こっちが驚いた表情をしている変な状態。


「そ、それも気づいていたのか?」

「流石に暗殺者だとは気づいていなかった! ただ今まで仕事したことないって話だったのにめちゃくちゃ仕事できるし、たまに腕や胸の辺りから見える傷が只者じゃなかったからな!」


 隠していたつもりだったが、傷まで見られていたとは気づかなかった。

 俺に変なところがあると知っていて、レスリーは変わりなく接してくれていたのか。


「そうだったのか。レスリーの態度が変わらないから気づかれていないと思っていた」

「そもそもとして配達の速度がおかしすぎるからな! あの速度の配達で気づかない奴はただの馬鹿だ!」

「てことは、かなり最初期から気づいていたのか」

「ヴェラも気づいていると思うぜ! あと同じ仕事を行ってるニアもな!」


 ヴェラには直接手合わせしたし、薄々勘付かれているとは思っていた。

 ただ、レスリーに気づかれていたとは夢にも思っていなかったな。


「思っていたよりもガバガバだったんだな」

「ああ、隠すつもりがないと思えるぐらいにな! ただ、流石に暗殺者だったということまでは分からなかった!」


 大きな笑い声を上げながらそう話すレスリー。

 この対応だけで隠しごとをしていた罪悪感が和らぐし、本当に頭が上がらない。


「本当にすまなかった。元暗殺者ということを隠したまま雇ってもらった」

「気にしなくていい! ジェイドはこの店のために尽くしてくれたし、悪い奴じゃないこともよく知っている! それに元暗殺者だと言いふらす倫理観の奴のが信用ならねぇ! ジェイドもそう思うだろ?」

「確かにそれはそうだが……」

「この店に貢献してくれた訳だし、過去は過去で今は今だろ! このことを隠していたから辞めるってんなら、俺はジェイドを全力で引き留めさせてもらうぜ!」


 親指を立てたレスリーの顔を見て、俺の決心は更に固くなった。

 絶対に『シャ・ノワール』には迷惑がかけたくないし、もしもう一度働くとしても全てが終わってから。


「いや、辞めたい理由は違う。元暗殺者であることが切っ掛けで、面倒ごとに巻き込まれてしまってな。その面倒ごとを解決するために動くために辞めたいと思ってる」

「そうか。そりゃ……引き留めることはできなそうだな」

「こんな俺に気遣ってくれたのに、期待に応えられなくて申し訳ない」

「謝らなくていいってんだ! 散々助けてもらったし、ここまで繁盛したのはジェイドのお陰だからな! だから、全てが片付いたらまた戻ってこい! 俺はジェイドが帰ってくるまでは店を潰さないように全力を尽くす!」


 丸まっている俺の背中を思い切り叩き、送り出す言葉をかけてくれた。

 無駄に仕事を請け負っていたし、抜けたら埋めるまでの穴が大きいのにも関わらず、急に辞める俺に優しい言葉をかけてくれるレスリー。


 やはり一生頭が上がることはないし、いつかもう一度レスリーの役に立つために必ず戻ってくる。

 俺は心の中で強く誓った。


「ありがとう。全て片付いたら必ず戻らせてもらう。そしてまだ力が必要ならば、全力で尽くす」

「そんな気負わなくていいっての! 気軽にふらっと戻ってくればいいんだ! んで、いつ辞めるつもりなんだ?」

「新しい人材が揃うまでは流石に残る。それで辞められるタイミングがあれば、すぐに辞めるつもりでいる」

「そうか。ならすぐにでも新しい人材募集をかけねぇとな! 新店舗の方もあるし、色々と忙しくなりそうだ!」

「ヨークウィッチを去るまでは全力で手伝う。新店舗も俺が提案したのに……悪いな」

「だから謝んなって! んじゃ、早速準備の方を始めるか!」


 こうしてレスリーに認めてもらい、正式に『シャ・ノワール』を辞めることが決まった。

 恐怖されたり嫌がれたりしたら、二度と顔を見せずに消えようと思っていたが……。


 嘘でもこうして言ってもらえたため、何があろうと俺はまた戻るつもりでいる。

 迷惑をかけたからとかは考えず、レスリーへの恩を返すために俺は必ず全ての片を付けて『シャ・ノワール』に戻ると心に決めた。

 


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