第208話 決断
旅立つ際にクロからしてもらったことはほとんどなく、銀貨三枚に水を入れることができる革袋。
それから荷物を入れることができるホルダーのみ。
最低限の荷物しか渡さず、死んでほしいって意味が込められているようにも思えるが、俺がそんな些細なことで死ぬような人間じゃないことは流石に分かっているはず。
他に考えられるのは、ホルダーに俺の居場所が分かる何かを取り付けていた可能性とかか?
いや、このホルダーは暗殺者時代から愛用していた自作のホルダーだし、そんな細工をする暇はなかった……。
そこまで思考を巡らせ、ようやく俺はもう一つクロから渡されていたものを思い出した。
「マイケル、身分証のデータでその人物が何処にいるのかって分かるか?」
「急に変な質問をしてくるね。……もちろん分かるよ。名前さえ分かれば、どこの国に滞在しているのかすぐに分かる」
「やはりそうか。色々と繋がってきた」
これで分かった。
クロから渡されたジェイド・クローンの偽造身分証は、俺を逃がすためのものではなく監視するためのものだったということ。
俺を解放するつもりはなく、どう始末するかを考えに考えた結果だったということだろう。
「それにどこの国に入ったかだけじゃなく、この街みたいな大きな街に入る前には身分証の確認も行われるからね。更に冒険者として活動していると、依頼の履歴で小さな村にいようと冒険者ギルドがあるとバレてしまうのだよ」
マイケルが話してくれた追加の説明で更に納得がいった。
俺が一般人として暮らしていくとしたら、基本的に冒険者になるしかない。
そして冒険者になったら、どんな国のどんな村にいようが居場所が割れる。
俺はハチの夢もあったから冒険者にはならなかったが、多分大きな街じゃなければ俺なんかを雇ってくれるところはほとんどない。
山に籠もって自給自足で暮らすなら人目につく可能性はないから放置してよく、偽造身分証を使わなければ帝国内にいることが分かるし、どの手を選んでもクロに俺の情報は渡っていた。
クロは俺以上に入念深く、裏の裏まで対策してくる狡猾な人間。
全て考えた上での偽造身分証ということ。
「……ど、どうしたのかね? 凄まじく怖い顔をしているよ。変な情報を言ったつもりはないのだが」
「いや、これも疲れから眉間に皺が寄っただけだ。ちなみにだが、その冒険者ギルドの情報というのは誰でも調べられるものなのか?」
「それは無理だね。ギルド長以上の権限がないと調べることはできないよ」
そうなってくると、クロと帝都のギルド長は繋がっているのだろう。
クロを狙うとすれば、まずは帝都のギルド長を狙うのがベストか。
「……そうなのか。エイルしか権限がないと聞くと不安でしかないな」
「ギルド長は一切興味がないからね。ここだけの話、この街のギルドではほとんど私が調べている」
「それもそうだろうな。エイルにできるとは到底思えない」
「本当に力だけでのし上がったからね。ギルド長としての仕事は大半が私がやって――」
そこからはマイケルと雑談の流れになった。
それからエイルが来る前に帰るべく、キリの良いところで俺は冒険者ギルドを後にした。
マイケルと色々と話をしたはずなのだが、話のほとんどが頭に入っていない。
今の俺はクロのことしか考えられておらず、休日だから色々な場所に行く予定だったがそんな気分ではなくなってしまった。
繁盛店となってから足行きが遠のいているスタナとも会いたかったが……宿に帰ってこれからどう動くのかを決めよう。
昨日酒を飲みながら色々と考えたことも含め、早い内に決断しなければいけない。
宿に戻り、椅子に腰かけて手を組む。
正直考えは全然まとまっていないが、相手がクロである可能性が高くなったことを考えればすぐに決断しなければならない。
まず――『シャ・ノワール』はすぐに辞める。
一番決断したくなく避けたいことだが、これは絶対に避けられないこと。
『シャ・ノワール』を街一番の道具屋にするという誓ったのに、道半ば……それも一番良い時に投げ出さないといけなくなったのは、心残りという言葉だけでは言い合わらせない感情が渦巻いている。
ただ、ここで俺が辞めなければいずれ多大な迷惑をかけてしまうことは明白。
とにかく『シャ・ノワール』はすぐに辞め、ヨークウィッチを去る準備を整えよう。
去った後はどうするかが考えものだが、今後の平和を考えるなら――クロを殺すのが得策か?
いや、まずは情報集めからだろう。
相手がクロであろうが、約束を反故にし狙ってきたのだとしたら許すつもりはない。
結局、裏で暗殺者時代と似たようなことをやってしまっていたし、これからやろうとしているが……相手が相手だし行ったことへの後悔は一切していない。
こうなる運命を知っていて、もう一度ヨークウィッチに来たばかりの頃に戻ったとしても、俺は『都影』を潰すし『ブラッズカルト』も潰す。
『シャ・ノワール』を辞めなくてはいけないのは悲しいが、この街の平和に繋がったのならそれはそれで良かった。
色々と自分の中で踏ん切りがついたからか、ドッと体の力が抜けてきた。
まだ昼ぐらいだが、俺はベッドに倒れるように横になると、そのまま目を瞑って眠ったのだった。
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