第207話 映像記憶水晶


 『ブラッズカルト』を一掃した日から三日が経過し、いつもの平和な日常が戻ってきていた。

 ただ、俺の心の片隅には映像記憶水晶のことがこびりついており、仕事はこなせているが身が入っていない日々。


 俺にミスがあった訳でも、甘えを見せた訳でもない。

 タイムリープでもできない限り、絶対に対処し切れなかったこと。


 強いて言うならば『都影』に関わらなければ、こんな事態を招いていないのだが……俺は『都影』や『ブラッズカルト』に関わり、計画を潰したことへの後悔は一切していない。

 だからといって、『シャ・ノワール』に迷惑をかけていいということにはならない。


 『シャ・ノワール』のためにと気張っていた気持ちは消えており、今は俺のせいで迷惑をかけないかと心配の方が勝っている。

 みんなも心配はしてくれたが、話せない事情ということもあり相談はできず、結局休みの日を迎えてしまった。


 こんな時こそ久しぶりに治療院に赴き、スタナと話がしたいところなのだが……今は現実逃避をする場面ではなく、冒険者ギルドに行ってマイケルと話をしなければならない。

 一番に聞きたい情報は映像記憶水晶のこと。

 頬を思い切り叩き、俺は覚悟を決めてから冒険者ギルドに向かった。


 いつになく重い足取りで副ギルド長室の扉を叩く。

 中から返事があったため、俺は扉を押し開けて部屋の中に入った。


「おお……君だったのか。ノックをしてから返事を待たれたことがないから、職員の誰かかと思っていたよ」

「そうだったか? いつも待っていると思うが」

「いやいや、君とギルド長は関係なしに入ってくるからね。まぁギルド長はノックすらしないから、君の方が少しだけマシだが」


 マイケルの口からギルド長という言葉が出て思い出したが、今はエイルとも少し揉めている状態だった。

 そのことも後で聞かなくてはいけないな。


「そんなことより例の組織についての話が聞きたい。映像記憶水晶のことは何か分かったか?」

「調べさせてもらったが、君が粉々に潰してしまっていたから本当に苦労したよ。映像が送られていた先は帝都。そこから先の流れまでは流石に分からなかったけどね」

「王都じゃなくて……帝都? 隣国に映像が渡っていたってことか?」

「そういうことになるね。最新型の映像記憶水晶は内臓された魔力を使って、記憶した映像を飛ばすことができるアイテムだ。その魔力の流れは独特だから魔法に長けた人物なら追えるんだよ。帝都にある冒険者ギルドに協力してもらったから、この二つに渡ったことは九割九分間違いないね」


 これで俺の移った映像が確実に広まってしまったことが確定した。

 無警戒な部分もあったが、最新の映像記憶水晶の情報は持ち合わせていなかったため、連中が映像記憶水晶を持っていることを知っていても後回しにしていただろう。


 やはり情報は何よりも重要。

 色々と思うところがあるのだが……映像が送られていた先が帝都という部分に一番引っかかってしまっている。


「帝都のどこに送られたかまでは分からないのか?」

「残念ながらそこまでは分かっていないね。確定している情報は帝都に送られたということだけだよ」

「そうか……。とりあえず貴重な情報をありがとう」

「気にしなくていい。今回も君には助けられた形だからね。ギルド長の暴走の件も含め――」


 そこから長々と俺に対して感謝の言葉をかけてくれたマイケルだったが、そんな感謝の言葉は耳から耳へと通り抜けていき、思考は帝都に送られたという映像のことのみ。

 地下室で情報を聞き出した女の話が本当だと仮定すると、『ブラッズカルト』は王国に拠点を置く組織。


 そのことからも考えると、俺への嫌がらせにしても王国内にバラ撒くのが一番良いはずなのだが、帝都ということは……。

 この択だけは排除したいが、どうしても思い浮かんでしまうのは俺の元雇い主であるクロの存在。


 『ブラッズカルト』と密接な関係にあった組織が帝都に存在していたとか、他の可能性も十分ありえるのだが、俺はクロが俺を殺そうとしている可能性が一番高いと思ってしまっている。

 裏で暗躍しながらも、表で日の目を浴びていたクロ。


 俺のいた暗殺組織が徐々に規模を縮小させたのも、表での力が強くなったからだった。

 本当は俺も依頼を失敗させて死に、生存者がゼロの状態で畳みたかっただろうが、俺は失敗しらずのまま一人生き残り続けたからな。


 最後の命令として課してきた勇者暗殺も、本当は俺を消すためのものだったと考えると、急に舞い込んできた謎すぎる依頼にも合点がいく。

 俺がクロの裏の顔を知る最後の一人と考えれば……クロの冷酷な性格を考えたら、俺を殺すための依頼と考えてもおかしくはない。


「――じょうぶか? ぼーっとしているけど大丈夫か!?」

「ん? ああ。すまないちょっと疲れもあって放心してしまっていた」

「あれだけ激しい戦闘を行えば、疲れも貯まってしまうのか。体の方は大丈夫なのかね?」

「ああ、大丈夫だ。本当に一瞬だけ放心していただけだからな」


 一度気を取り直し、マイケルとの会話を再開する。

 マイケルにはまだまだ聞きたいことがあるし、クロが俺に行ったことも改めて振り返りながらマイケルとの話を進めよう。


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