第310話 意識
翌日。
昨日はめちゃくちゃ楽しかったものの、結局朝方まで飲み明かした。
レスリーもヴェラもニアもベロベロの状態で家へと戻っていき、俺も一人で宿屋まで戻ってきたが……スタナの下へと行くと決めたため寝る時間はない。
シャワーだけ浴びてから準備を整え、すぐに宿を出てスタナの働いている治療院へとやってきた。
宿を出る前は何ともなかったのだが、久しぶりに会うことを意識すると緊張する。
早まる心臓を何とか抑えながら、俺はスタナが出勤するのを待ち続けた。
治療院前に立ち止まって待つこと約三十分。
遠くから歩いて向かってくるスタナの姿が目に入った。
以前と変わらないのだが、道行く人に笑顔で挨拶を返しているのを見て――つい可愛いと思ってしまう。
スタナを異性として意識してこなかったといえば嘘になるが、年齢差もあるし俺は元暗殺者という過去に傷がある人間のため、無理やり考えないようにしていたというのが正しい。
ただ、昨日の飲み会でヴェラやレスリーから茶化されたせいで、考えないようにしてもつい意識してしまう。
近づく前に大きく深呼吸をして気持ちをリセットし、何とか冷静さを取り戻した。
「スタナ、久しぶり。実は昨日——」
近づいたスタナに俺はそう声を掛けたのだが、俺が全てを話し終える前にスタナは俺に向かって飛びついてきた。
会話する前に冷静さを取り戻したのに、一瞬にして再び心臓が跳ね上がる。
「ジェイドさん! 戻ってきていたんですね! ずっと心配していたんですよ!!」
「し、心配かけて悪かった。そ。それよりも人の目があるから……」
「悪いと思うなら手紙の一つでも送ってください! 私は何度も『シャ・ノワール』に通ってジェイドさんが無事か確認しに行ったんですからね?」
今は朝といえど、かなりの人通りがある。
しかもスタナの働く治療院の前であり、俺は人目が気になって仕方がないのだが……スタナは抱き着いた腕を離そうとしない。
「ジェイドさん、聞いているんですか?」
そう言い、至近距離から見つめ合う形となった。
遠い距離からでも可愛かったのだが、近くで見ると……余計に可愛い。
心臓が口から飛び出すのではと思うほど速く動いており、とりあえず離れてもらわないと体がもたない。
「ほ、本当に悪かった。だ、だから、一度落ち着いてくれ。めちゃくちゃ注目を集めている」
「――あっ、す、すみません! ジェイドさんの姿が見えたのでつい……」
ようやく気付いてくれたスタナは俺から離れ、顔を真っ赤にさせながら後ろを向いた。
非常に勿体ない気持ちになるが、これ以上は俺の体がもたなかったからな。
もう一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、改めてスタナと話すことにした。
「色々と連絡が遅くなって悪かった。ヨークウィッチには昨日戻ってきていて、見て分かる通り無事だ」
「ほ、本当に良かったです。一切の連絡もなかったので、病気やお怪我でもされたのかと思ってました」
「連絡をしなかったのは本当に申し訳ないと思ってる。元々短い期間で戻るつもりだったからいらないと勝手に思っていたんだ」
「短い期間で戻るかどうか、こっちに残っている私達には分かりませんからね! 今後は絶対にこまめに連絡をしてください!」
「ああ。昨日、ヴェラにも同じように怒られた」
「そりゃそうですよ! ……でも、どこもお変わりないようで本当に安心しました」
スタナは優しい笑顔を向けてくれており、このスタナの笑顔をまた見れて本当に良かったと心から思う。
クロには散々道具として扱われ続けたが、これだけ心配してくれている人ができたことは俺にとっての誇り。
また、つい泣きそうになったが……変な空気にしてはいけないと必死に涙を押さえる。
「スタナも元気そうで安心した。何か問題とかもなかったか?」
「何もありません! 強いて言うなら、本当にジェイドさんが心配だったってことだけです!」
「それは……本当にすまなかった」
「もう大丈夫です。こうして元気な姿を見ることができましたので! それで……今日はこれから何か用事があるんですか?」
用事か。
昨日言っていた通り、冒険者ギルドに行ってエイルとマイケルに挨拶をしてから、トレバーとテイトに会いに行く予定。
大した用事ではないと思っていたが、スタナやヴェラの心配ようを見るに絶対に行った方がいいもんな。
「ああ。他の知り合いにも顔を見せる予定だ」
「それは絶対に見せた方がいいですね! ちなみに……夜とかは予定ありますか?」
「夜は特に何もない。『シャ・ノワール』の人達との飲み会は昨日やったから」
「本当ですか!? なら、今日の夜は私と一緒にご飯を食べてください! もっと話したいですし、もっとジェイドさんの話を聞きたいです!」
「俺はもちろん構わないが、こんな急でスタナの方は大丈夫なのか?」
「大丈夫です! それじゃ今日の夜、よろしくお願いしますね!」
「ああ、分かった。また夜に会おう」
俺がそう言うと、元気よく手を振りながら治療院の中に入っていった。
夜にスタナと食事。
まさかスタナの方から誘ってくれるとは思っておらず、ついニヤニヤしてしまう。
俺は頬を緩めたまま、ルンルン気分で冒険者ギルドへと向かったのだった。
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