第309話 飲み会
業務が終わり、俺とヴェラとニアは飲み会へと向かっている。
ブレントやグレン、ノラを含む新しく入った人達は気を使ってくれたのか、飲み会には参加しないらしい。
明日の営業もあるし、古参メンバーで楽しく飲み会してほしいとブレントから言われた。
個人的にはブレント達からも話が聞きたかったのだが、また別の機会に飲み会を開けば良いだろう。
今の俺はもう……一切時間に追われていないからな。
そんなことを考えながら、飲み会の会場であるいつもの酒場へとやってきた。
飲み会を行う時はここと決まっており、一号店からやってきたであろうレスリーが既に店前で待っていた。
「おうおう、おせぇぞ! ……って、来たのは三人だけか?」
「ブレントが気を利かせて、私たちだけにしてくれた」
「なんだよ! せっかくだし、みんなで酒を飲みたかったのによ!」
「まぁ懐かしの初期メンバーで飲むっすよ! 本当の初期メンバーは師匠とジェイドさんだけっすけど!」
「いや、俺も二人とそう変わらないぞ。レスリーは俺が来る前から、何十年も一人で『シャ・ノワール』を営んでいたしな」
「営んでいたはいたが、安さだけが取り柄の細々とした道具屋だったからな! ジェイドが入ってくれてから、今の『シャ・ノワール』はスタートしたと言っても過言ではねぇ! だから、この三人は初期メンバーだな! ――って、店前で話すことじゃねぇ! さっさと中に入って、酒を入れながら話そうぜ!」
懐かしい話を軽くしてから、俺達は店内へと入った。
いつもの個室に入り、ひとまず全員ビールを頼んで乾杯する。
飲み会は『シャ・ノワール』で働き始めてからは頻繁に行っていたことであり、何てことないいつもの光景なのだが……。
この何てことない光景が、俺にとっては深く染みる。
「それじゃ乾杯とい――って、おいおい! ジェイド、何で泣いてんだ?」
「別に……泣いてない」
「いや、泣いてる」
「ジェイドさん、どうしたんすか? 何か悲しいことでもあったんすか?」
勝手に感慨深くなってしまって、思わず涙が溢れてしまった。
何とか誤魔化そうと思ったのだが、思いの外涙が流れてしまっている。
「……いや、ちょっと嬉しくて感慨深くなっただけだ」
「なにそれ。……ヨークウィッチを離れている間、なんか大変なことがあった?」
「まさかまたどっか行くってんじゃねぇだろうな? 別れを思って泣いた――とかだったら許さねぇぞ! ジェイドにはこの街にいてもらうつもりで動いているからな!」
「大丈夫だ。もうどこにも行くつもりはない。……レスリーなら分かるだろ? 年を重ねるとふとしたことでも涙脆くなるんだ」
そう言って弁明したものの、乾杯前に泣くのは流石にないことだったのか、三人は心配そうな視線を向けたまま。
本当に感慨深くなっただけなんだが、泣くタイミングが悪かったとは自分でも思う。
「――すまない! もう本当に大丈夫。久しぶりに三人の顔を見られて、つい涙が溢れただけだ。どこにも行かないし、俺はヨークウィッチに骨を埋めるつもりだからな」
「本当に大丈夫なのか? 急にいなくなったりしたら、本当にブチギレるからな!」
「大丈夫だ。本当にいなくなったりしない。それより……乾杯しよう。ビールがぬるくなってしまう」
「ジェイドが急に泣いたからだけど」
「もう大丈夫と言ってるっすから、気を取り直しましょう! ジェイドさんが戻ってきてくれたことを祝してかんぱーいっす!」
「乾杯!」
ようやく乾杯までこぎつけ、一気にビールを呷る。
酔えない俺にとっては不味いだけの飲み物なんだが、この三人と飲むお酒は格段に美味しく感じる。
「ぷはー! やっぱうめぇな!」
「美味しい。仕事終わりのビールは格別って意味理解できなかったけど、最近は分かるようになってきた」
「ヴェラさんも大人になったってことっすね! 私はまだ……半分くらいしか分からないっす!」
「ニアはまだまだ子供だな! この酒が美味しく感じられるようになったら、大人の階段を一歩踏み出せるぜ!」
「はいっす! 師匠!」
またニアが余計な情報を教え込まれている。
絶対にそんなことはないのだが……こうしてお酒を飲める人間関係は大切にした方が良いし、あながち間違ってもいないかのかもしれない。
「それじゃいきなり本題だが……ジェイドはいつから仕事に復帰できるんだ?」
「ヴェラに言ってあるが、明後日から早速働き始めようとは思ってる。明日は『シャ・ノワール』以外の人達に挨拶に行きたいからな」
「……ん? 本当に明後日から働けんのか? だったら、さっきの涙は本当になんだったんだよ!」
「だから、涙脆くなっているだけだって」
未だに疑っていた様子のレスリー。
これは……しばらくずっと疑われ続けるだろうな。
「ん? てことは、まだスタナと会ってない?」
「ああ。流石にまずは『シャ・ノワール』から挨拶をしようと思ったから――」
「「はぁ……」」
俺が全てを言いきる前に、レスリーとヴェラは大きくため息をついた。
何でため息を吐かれたのか分からず、俺は首を傾げてしまう。
「ジェイドさんは女心が分かってないっすね!」
「スタナ、何度も『シャ・ノワール』に来てた。ジェイドが戻っていないかどうかの確認しに」
「そうだったのか? それは……知らなかった」
「まず行ってやらないとだろ! 俺達も心配していたけど、一番心配していたのはスタナさんだぞ!」
「……今からでも、ヨークウィッチに戻ったことを伝えた方がいいか?」
「今日はもう遅いだろ。明日の朝一で行ってやれ!」
「なら、今日は早めに帰……」
流れ的に早めに帰るのが正しいと思ったのだが、レスリーもヴェラもニアもジト目で俺を見てきた。
「あれ……? 早めに帰れないのか?」
「当たり前だろ! それとこれとは別だ!」
「そう。今日はとことん付き合ってもらうし、その上で明日の朝一でスタナのとこに行くべき」
「ジェイドさんもまだまだっす!」
この三人の立ち位置がよく分からないが、これは夜遅くまで付き合わされることになりそうだ。
朝一でスタナのところに行く。
これだけは心の中で決め、今は飲み会を楽しむことに集中したのだった。
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