第201話 ボス
壁に手を当て、俺に少し怯えるような視線を向けている女に近づいていく。
この組織の連中は、ほぼ全員が怯えることがなかったため新鮮だ。
エイルから逃げていたように俺からも逃げようとしているが、動きを先読みして腕を掴んで壁に押さえつけた。
動けないように複数個所の関節を一気に極め、女から話を聞ける体勢は整った。
「あ、あなたが主犯なのですね。戦っている姿を見てすぐにピンときました」
「そっちの質問に答えるつもりはない。お前らの組織はなんていう組織なんだ? 『都影』ではないんだろ?」
「私達のことを知らない……? そんな相手にほぼ壊滅させられたと聞いたら、ボスはさぞお怒りになられるでしょうね」
「なんでもいいから答えろ。お前達の組織は一体なんだ?」
俺がそう問い詰めると、女はチラッと地下室の入口を見てから頷いた。
何かに合図を送ったようにも思えたが……この部屋には動けるものは誰もいない。
上の階にいた透明人間のような奴が潜んでいる可能性はあるが、話す気持ちが固まったようだし何でもいい。
「私達は『ブラッズカルト』という王国で活動している小さな組織です」
「『ブラッズカルト』。やはり聞いたことのない組織だな」
「少数ですし、私達は一般人からの依頼は引き受けませんから。裏社会の人間相手にのみ取引していますから、普通の人間は知る術はありません。てっきり『ブラッズカルト』に恨みがある人間の犯行と睨んでいたのですが」
「恨みなんかない。街に入り込んだ『都影』を返り討ちにしていた中に、お前達『ブラッズカルト』が紛れ込んでいたってだけだ」
その言葉を聞くと、更に悔しそうに唇を噛み締めた女。
口角の辺りからは血が流れ始めており、強い力で噛んでいることが見ただけで分かる。
「悔しいですね。そんな人間に負けたという事実が本当に悔しいです」
「とりあえずお前達が何者なのかは分かった。後は構成人数と残り何人いるのかを教えろ」
「私の口からは話せません。もしかしたら――ボスの口からなら聞けるかもしれませんね」
女のその言葉と共に地下室の扉が開いた。
中に入ってきたのは、黒装束の男とスーツを着た眼鏡をかけた女。
そして、その後ろを歩いているのは無精髭を生やした何処か俺と似たおっさんで、十中八九この男が『ブラッズカルト』のリーダーだろう。
顔を含めて体中が傷だらけであり、俺と同等以上の場数を踏んできているのが一瞬で分かった。
冴えないおっさんにしか見えないところも含め、親近感を覚えるほど俺と似ている。
明確に違う部分といえば俺は一人であり、この男は組織を束ねるリーダーな点。
暗殺者時代に出会っていたら、色々と思うところがあっただろうな。
「地獄絵図だな。一人相手なら数で囲んで殺せると思ったが、協力者もいたってことか」
「倒れている方はもう動けないはずです。そして首謀はこの男。絶対に殺して――」
俺に押さえられながらも、ボスとやらに必死に情報を話し始めた女。
もう用はなくなったため、押さえつけた状態のまま思い切り力を加えて首をへし折った。
本日二度目のゴギリという耳障りな音が地下室に響き渡る。
俺に殺された女を見てもボスの表情は一切変わらず、俺を静かに睨みつけてきた。
「仲間が殺されたというのに反応しないんだな」
「ああ。俺達は全員死ぬ覚悟を常に持っている」
「そうなのか。大分薄情に見え――」
「良い気はしないがな。『ブラッズカルト』の目的はただ一つ、お前を殺して仲間の仇を討つことだ」
ボスとやらの瞳は怒りを秘めており、今すぐにでも襲い掛かりたいと訴えているよう。
表情には出ていないだけで、俺に仲間を殺されたことへの強い憤りを覚えているようだ。
人を平気で殺すような組織に属する連中だから俺は殺した訳だが、こいつらも仲間を殺された仇を討つためだけにやってくるぐらいには怒り狂っている。
行動に矛盾が生じているように思えるが、自分がやるのはよくてやられるのは嫌。
ほとんどの人が内に秘めているであろう、非常に人間らしい考えとも言える。
「手段は問わない。この男を確実に殺すぞ」
片手を上げ、指示を飛ばした『ブラッズカルト』のボス。
その指示に頷いたボスの前にいた二人は、左右に分かれて俺に向かって迫ってきた。
その真ん中からボスが走ってきており、三方向からの容赦ない連携攻撃。
ただ先ほど殺した女の言葉のお陰で、エイルではなく俺に矛先が向いたのは非常に幸運。
普通の部屋よりは大きいといっても、空間が限られているこの地下室での戦闘なら数的不利でもやり様はいくらでもあるし、個々の能力は置いておいて連携自体は付け焼き刃な感じがする。
少し前にシャパル達と戦わせてしまったのが明確な間違いだっただろう。
位置取りに気をつけ、この中で一番の力を持っているボスには最大限の注意を払い――まずは数を減らしていこうか。
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