第30話 センスなし


「ストップ。攻撃を止めていいぞ」

「……はぁー、はぁー。ぜ、全然駄目でした。まさか本気で斬ったのに一発も掠りもしないなんて……」


 ヘロヘロで今にも倒れそうなトレバー。

 これではゴブリンすらも倒せないのも納得がいく。


「ゴブリンも仕留められないのに、俺に攻撃を当てられる訳がないだろ。とりあえず今のトレバーの実力は分かった。やるべきことを伝えさせてもらう」

「えっ、休む暇もなくいきなりですか?」

「時間もないからな。……まず手解きを行う以前の問題だ。筋力も体力も圧倒的に足らない。才能がないって嘆いていたが、何の努力もしていないように俺は感じた」

「つ、強くなるための努力はしてきたつもりですが、全然足らないということでしょうか?」

「ああ。まずは毎日二十キロは走るべきだな。それも一定の速度ではなく、ダッシュとジョギングを交互に行いながら二十キロ」

「毎日二十キロ!? 二十キロっていうと……」

「分かりやすく説明するなら、この街の外の壁を沿って二周すればいい」


 そう伝えると、口をあんぐりと開けて固まったトレバー。

 本音を言うのであれば二十キロでは足らないのだが、これ以上の要求は今のトレバーは実行不可能な無理難題だと分かる。


「街の壁を沿って二周を毎日……」

「それから腕立て伏せ、スクワット、腹筋、懸垂、背筋。この基礎トレーニングを毎日各五百回はこなした方がいい」

「五百回ですか!? 合計二千五百回……。いくら時間があっても足らないですよ!」

「本気で強くなりたいならこなすしかない。俺は別にトレバーが弱いままだろうが一向に構わないしな」


 これも正直な話、もっと実用的な筋肉を鍛えた方がいいのが本音。

 ただ単純な筋肉量が少ないし、基礎中の基礎をこなしてまずは下地を作らないと始まらない。


「わ、分かりました! 絶対にこなしてみせます!」

「ちなみにこれだけじゃないぞ。最後に剣での素振りを毎日二千回。素振りのやり方については、これから残りの時間を使ってみっちりと教える」

「二十キロのランニングに筋トレを二千五百回。更に素振りを二千回ですか!?」

「これを毎日こなして、ようやくスタートラインに立てるってことだ。こなせないのであれば俺から教えることは何もない。楽して強くなることは絶対にないからな」


 今の状態だと指導以前の問題だし、金を貰っているとはいえ無駄な時間は割きたくない。

 押し黙ったまま俯いていたトレバーだったが、覚悟を決めたのか小さく頷いてから顔を上げた。


「……やります! 指導してもらうためにこなさなければいけないのであれば、絶対にこなしてみせます!」

「それなら引き続き指導する。剣を持って構えてくれ。基礎である剣の振り方を教える。その振り方で毎日二千回こなして、まずは正しい剣の振り方を体に覚えさせるんだ」


 それから真剣な表情をして俺の指導を聞いているトレバーに、俺は時間いっぱいまで丁寧に上段斬りのやり方を教えた。

 戦闘のセンスはやはり絶望的にないが、今までやり方を知らなかっただけで毎日こなせば形にはなるはず。

 トレバーが強くなるかどうかは、これからの努力次第ってところだろう。


「見ず知らずの僕のために指導して頂き、本当にありがとうございました! 言われた練習は必ずこなします!」

「ああ。ただ、あくまでも俺に言われたからって理由で行うのはやめた方がいい。自分が強くなりたくて、自分が強くなるための努力だからな。人にやらされていると絶対に持たなくなる」

「……分かりました。肝に銘じます! それで次の指導はいつしてくれるのでしょうか?」

「変わらず二十日に一時間だけ指導する。一ヶ月もあれば、体にも変化があると思うからそれを見てから色々と決める」

「来月の二十日ですね。また銀貨二枚を持って、門の前で待っています!」


 ペコペコと頭を下げるトレバーを背に、俺は一人街へと戻ろうと歩き出したのだが……。

 何かを思い出したのか、トレバーは唐突に大きな声を上げると俺を呼び止めてきた。


「あ、あの! ずっとお名前をお伺いしていなかったと思いまして……教えて頂けるのならお名前を教えてくれませんか?」


 何事かと思ったが俺の名前のことか。

 そういえばトレバーの名前は聞いたが、俺は自己紹介をしていなかったな。


「俺はジェイドという。今後はジェイドと呼んでくれて構わない」

「ジェイドさんですね! 分かりました。今後はジェイドさんとお呼びします!」

「ああ、好きにしてくれ」


 今度こそトレバーに別れを告げてから、俺は一人で街へと戻った。

 トレバーの指導は色々と面倒ではあるが、やってみた感想としては意外と悪くはないかもしれない。


 生きるために必死に強くなるための努力をしてきた頃を思い出したし、自分をもう一度鍛えている感覚に近い。

 それも強くなるための知識や経験が備わっているから、効率よく鍛え上げることができる。


 トレバーのセンスが絶望的にないことだけが懸念点だがな。

 まぁトレバーはまだ鍛える以前の問題ではあるし、俺の与えた課題をキッチリとこなしてくるのであれば俺も気合いを入れて指導してもいいかもしれない。


 ……一時間の指導で銀貨二枚も手に入るのはおいしいし。

 そんなことを考えつつ、俺は一度宿屋へと戻ることにしたのだった。


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