第31話 給料
宿屋へと戻ってきた俺は共用のシャワーに入ってから、休日の残りの時間をどう過ごすかを考える。
トレバーの指導を行ったといってもまだ午前中。
せっかくの休日だし何かしたいところだが、何をするかが一切決まっていない。
とりあえず……昨日渡された給料を確認するところから始めようか。
前回貰った給料は生活費や宿代等でほとんど消えてしまったし、今回貰った給料の額次第で何をするか決めるのがいい。
レスリーに色々と頑張りを認めてもらい、前回の額よりも大幅アップしてくれたと言っていたから期待はできる。
俺はテンションが上がるのを抑えられないまま、渡された給料の入った麻袋を床にひっくり返した。
様々な色の硬貨が良い音を奏でながら床に転がる。
えーっと……まずは銅貨が計三枚。それから銀貨が計三十三枚。
そして――金色に輝く金貨が計三枚入っていた。
前回が一週間の給料として、銀貨十四枚と銅貨七枚もらった。
そして今回は約三週間近くで、この額の給料を頂いてしまった。
金貨二枚分近くプラスされているし、色をつけてくれたと言っていたが想像以上だな。
長いこと暗殺者として働いていたけど、自分の金貨を持つのは生まれて初めてだ。
この大金を全て自分で使えると考えると、思わず口角が上がってしまう。
これにプラスでさっきトレバーから貰った銀貨二枚もある訳で、本当になんでもできてしまいそうな気がする。
……まぁ現実はそこまで甘くはなく、普通の生活を送るなら一日銀貨一枚消費するとして、金貨三枚は使わずに残しておかなければならない。
そういう理由から手持ちから金貨三枚を抜くと、実際に自由に使える金は銀貨三十五枚と銅貨三枚。
それでも十分すぎるのだが、次の給料日までに訪れる休日は四回。
全ての休日を存分に満喫するという意味でも四日分に分けておきたいし、今日使えるお金は大体銀貨九枚ってところだろう。
計算したことで一気に現実的になってしまった気がするが、それでも一日に銀貨九枚使えて一切の支障が出ないのは大きい。
今日使える金額も算出したことだし、早速どこに行くかを決めるとするか。
俺としては新たな宿探しを始めてもいいと思っているのだが、今後どうなるかはまだ分からない。
『シャ・ノワール』の売り上げが下がってきたら、必然的に俺の給料も下がっていく。
そうなると、新しい宿を探しても再び出戻るハメになるからな。
経験にもなるし、それでもいいかもしれないが……やはりまだ早いとは思う。
別の宿に引っ越せるだけの貯金をしてからでも、引っ越しは決して遅くはないだろう。
となってくると、一番やりたいことと言えば美味い料理を食べることだな。
前回は結局革の防具しか買っていないし、服の種類とかも増やしたいのだが、まずはなんといっても飯が最優先。
ハチのノートにも書かれていた“美味しいものをいっぱい食べたい”という夢。
今思っても俺が代わりに果たすというのもおかしな話だけど、精一杯人生を楽しむのが何よりの手向けだと思っている。
そして、もし死んだ先の世界があるのだとしたら、俺よりも早くそっちにいってしまったハチに色々と土産話を聞かせてやりたい。
現実主義な俺が理想を語っているが、生き残った俺にできるのは残りの人生を楽しむことだけだからな。
おおよその今日の過ごし方を決めた俺は、早速宿屋を出て美味い料理が食べられる店を探しに出た。
一応候補は二つあり、一つ目はレスリーが前に話していたギルド通りにある定食屋。
値段が安いのに、とにかく美味しく量も多い店らしい。
難点としては、ギルド通りにあるせいで冒険者の行きつけの店となっているようで、休日でないと食べられないほど混みあっていると言っていた。
混んでいるのも嫌だし、何より冒険者で溢れ返っているのが嫌なので、そこだけはかなりのマイナス点。
二つ目はこの間スタナと飯を食べた時に教えてもらった、大通りにある『ランファンパレス』という異国の料理を提供している店。
あの時は時間も遅かったこともあり、近くにあった普通の料理店で食事を済ませたのだが、本当はこの店に行きたかったとスタナが漏らしていた。
一緒に行きたかった店として教えてもらった訳だし、一人で行くのはなんか違う気もするが……話を聞いた時からずっと食べてみたい欲でいっぱいだったんだよな。
どうするか悩みに悩んだが、自分の食べたいという欲求には勝てず、俺はスタナから教えてもらった『ランファンパレス』へと向かうことに決めた。
やはり良い店というのものは、街の中心である大通りに集まりやすい。
価格の安さを求めるなら中心から離れた方がいいが、質を求めるのなら大通りから選ぶに限る。
そんなことを考えながら『ランファンパレス』に向かっていると――遠くの方で男性の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
この感じは二度遭遇した窃盗事件と同じ……いや、何か少しだけ違うな。
悲鳴の聞こえた方角は街の東のギルド通り。
俺の現在の居場所は大通りと距離はかなり離れているからか、周りの人間は悲鳴に一切気が付いていない様子。
さてと、これはどうするかな。
『ランファンパレス』のことを考えていたせいで腹が減りに減っているし、今回は同じ大通りで事件が起こった訳じゃなくて遠く離れた場所。
街の東なら兵士の詰所の方が近いだろうし、俺が向かわずとも兵士がなんとかすると思う。
そう自分を納得させ、再び『ランファンパレス』へ向かおうと足を伸ばしたのだが……。
どうしても一つ気掛かりなことがあるんだよな。
それは耳を澄ませているが、悲鳴を発した人物の声が悲鳴以降に一切聞こえないこと。
これまでの傾向から言えば、盗まれたと大騒ぎするはずなんだがそんな声は一切聞こえない。
事件ではなく何かに驚いただけかもしれないし、くだらない喧嘩かもしれない。
仮に事件だった場合は面倒くさいのは確定な訳で……はぁー、少しだけ様子を見に行くか。
どうするかはまだ分からないけど、とりあえず見に行くだけ見に行ってみよう。
ハチの手帳に書かれていた“誰かの役に立つ仕事がしたい”。
その言葉が思っている以上に俺の胸に引っかかっているのか、自分の気持ちとは裏腹に俺は悲鳴の聞こえたギルド通りを目指して走った。
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