第29話 指導
親睦会の翌日。
昨日は夜遅くまでレスリーに付き合ったため、全く眠ることができなかった。
酒には酔わないし、一日くらい寝なくとも支障なく過ごすことはできるのだが……。
最近はちゃんと眠る生活を送っていたせいか、若干だけど体が怠く感じる。
ちなみにヴェラはすぐに親睦会を抜けて帰宅したため、俺一人で三軒目まで付き合った挙句レスリーを店まで運び込んだ。
世話になっているし構わないのだが、平然と帰ったヴェラには少し文句が言いたいところ。
昨日のことを思い出しながら準備を整え、せっかくの休みだし二度寝したい気持ちを抑えて外へと出る。
今日は以前約束したルーキー冒険者のトレバーに指導を行う日のため、約束していた門を目指す。
給料は昨日レスリーから頂いたため、前回の休日のように王都巡りをしたかったが、こればかりは仕方がない。
トレバーがいないことを祈りつつ、門へと辿り着くと――いた。
いつから待っているのか分からないが、トレバーは姿勢の良い気をつけの状態で門から少し離れて立っていた。
「本当に来たのか」
「あっ! お、おはようございます! こちらこそ本当に来てくれたんですね!」
「ああ、一応約束したからな。トレバーも約束は覚えているな?」
「は、はい! 銀貨二枚を支払う。門で待ち合わせ。見かけても声をかけず、情報について他言禁止。『シャ・ノワール』というお店に近寄らない――でしたよね?」
「覚えているならいい。時間を無駄にしたくないし、さっさと移動しよう」
「はい! 今日はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げてきたトレバーに片手を上げて返事をし、とにかく目立たないようにひとまず街の外を目指した。
さて、トレバーが本当にいたことで指導しなくてはいけなくなった訳だが、一体何をすればいいのかさっぱり分からない。
何も考えてきていないし、俺は全て自己流で技術を身につけてきたからな。
結局何も思いつかないまま、街の近くにある人通りの少ない草原へと辿り着いてしまった。
「まずは銀貨二枚もらってもいいか?」
「はい、銀貨二枚です!」
トレバーから銀貨二枚を受け取り、昨日レスリーから貰った給料の入ったホルダーに入れる。
ホルダーに入れることで金の重みがダイレクトに伝わり、少しだけ嬉しくなってくるな。
「それで何を指導してもらいたいんだ? 色々と曖昧すぎて何を指導していいのかさっぱり分からない」
「魔物との戦闘についてです。この間、ゴブリンに負けてしまって逃げ帰ってきて……。それからは薬草集めしかしていないのですが、報酬額が少なくどうしても強くなりたいんです!」
「ゴブリンに敗走って聞いたことないレベルだな。金を受け取ってから言うのもアレだけど、戦闘に向いていないのではないか?」
「戦闘に向いていないのは自分が一番分かっています。ですが、どうしても大金が必要で冒険者になって成り上がる道しかないんです!」
両の拳を強く握り絞め、俺に迫るようにそう言ったトレバー。
面倒くさいからとかの感情を抜きにし、本気で戦闘に向いていないと思って忠告したのだが、この意思の固さからして説得するのは無理そうだ。
「どうしてもってことなら指導するが、ゴブリンも狩れないのならまずは初歩的なことからだな。トレバーは剣を持っているか?」
「はい。安い鉄の剣ですけど……」
トレバーが恥ずかしそうにしながら抜いたのは、古くボロくさい鉄の剣。
質はお世辞にもいいとはいえず、銅貨一枚で売っていたとしても俺なら買わないレベル。
ただ少しでもなんとかしようと、知識がないなりに必死に研いでいるのは刃を見てすぐに分かった。
「確かに酷い剣だな。でも、まぁ木剣じゃないだけマシだと思う」
「ありがとうございます! それで、この鉄の剣で何をすればいいのでしょうか?」
「俺に斬りかかってこい。手は抜かずに本気でな」
「斬りかかる……ですか? でも、当たったら怪我してしまいますよ!? 安い剣とはいっても、人の肉くらいなら斬れるくらいの切れ味はありますから!」
トレバーは真面目な表情で俺の心配をしてきたため、俺は思わず笑ってしまう。
まさかゴブリンも狩れない子供に身の心配をされるとは思っていなかった。
危うく笑いのツボに入りかけたが、必死に心を落ち着かせて笑いを収める。
前回もそうだったけど、どうもトレバーは俺の笑いのツボを突いてくる。
雰囲気がおかしくなってしまうため、笑わないように一発気を引き締めなくてはいけない。
「――んんッ! 心配しなくても大丈夫だ。何が起ころうとも俺に剣が当たることはない。俺の指導を受けたいのであれば、本気で斬りかかってこい」
「……分かりました! 本気で斬らせてもらいます!」
覚悟を決めたのか、固い表情を更に強張らせて構えたトレバー。
そのまま思い切り振り上げると、俺に向かってそのまま剣を振り下ろした。
……分かってはいたけど、それにしても酷い動きだな。
振りかぶってから振り下ろすという見え見えの動きに加え、フェイントもなければ体重移動も酷い有様。
振りの速度が速ければまだマシなのだが、振り下ろされてからもビックリするほど遅い。
目を瞑りながらでも避けれるトレバーの攻撃を躱しながら、正確な力量を図るために疲れ果てるまで攻撃を行わせる。
「……ぜぇー、はぁー。……ぜぇー、はぁー。な、なんで当たらないんだ?」
開始して五分と持たず、肩で息をしながら大量の汗を吹き出しているトレバー。
ただでさえ遅い動きなのに、疲労で既に剣に振り回されている始末。
体力も驚くほど少ないし、ゴブリンに負けたと嘆いていたけど生き残ったのが奇跡なぐらいだ。
それと実力を見て一つ気がついたことがあるが、なぜトレバーに俺が冒険者三人を倒したところを見られたのか分かった。
俺は小石を飛ばして分かりやすく上へ注意を向けたが、鈍すぎるトレバーにはどこで音が鳴ったのか分からなかったのだろう。
それでキョロキョロと音の鳴った場所を探したところに、俺が三人を連続して倒してしまった。
トレバーの実力的に一人ならバレなかっただろうが、三人連続してやったのが駄目だった。
――と思考を巡らせるのはここまでにして、これ以上は続けても無駄だし、トレバーの今の実力を完璧に把握できたから止めさせるとするか。
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