第136話 充実


 翌日。

 『シャ・ノワール』のことが気になりすぎていたため、俺は朝早くに出勤した。


 まだ日が昇り始めてから間もないというのに、いつもの如くレスリーが店で作業しているのが目に飛び込む。

 俺がどれだけ早くに出勤しようがレスリーが先にいるため、本当に体を休めているのか不安になるな。


「おはよう。いつも本当に早いな」

「おっ、ジェイド! そりゃこっちの台詞だぞ! こんなに早く出勤しなくていいんだからな!」

「色々と気になって早く来てしまった。昨日の売り上げはどうだったんだ?」

「魔道具はなんと……十三個も売れたぜ! 最初はどうなるかと思ったが、今は職人たちの生産が間に合わなくなってきているぐらいだ!」

「一日で十三個は凄いな。もう製作費は取り戻せたか?」

「がっはっは! ああ、既に黒字に変わってるぞ! 客自体も大幅に増えているし、この店だと手狭に感じるぐらいだ!」


 腹から笑いながら、心底楽しそうに語ったレスリー。


「俺としても順調にいってくれて本当に良かった。それで開発費が回収できたってことは、新しい魔道具の開発に取り掛かっても大丈夫なのか?」

「この間魔道具を販売したばかりなのに、もう新しい魔道具を作ろうとしているのかよ!」

「レスリーにも軽く話しただろ? 髪を乾かす魔道具から派生させたアイデアがいくつか既にある。一緒になって売り出せば、相乗効果できっと売れるはずだ」

「確かに相乗効果の薄いであろう毒煙玉ですら、一緒に売り出したことで売り上げは上がっているもんなぁ!」


 腕を組むと、眉を潜めながら色々と思考し始めた。

 できればこのタイミングで、移転か増築も考えてほしいところだが……そっちは流石にまだ早いか?


「新しい従業員を雇うつもりはないのか? ニアが入ってから結構時間が経つし、売り上げ的にも新しい従業員を雇えるだろ?」

「俺も考えてはいるぞ! 客を捌くのも大変だし、客が増えたことで配達の依頼も自然と増えているからな! 手数料が大きいから配達も捨てたくないし、まずはニアと同じように配達員を優先的に募集するつもりでいる! そんで、ジェイドには店のことを任せたい!」


 俺も店に残っている方が楽しいため非常に嬉しい提案だが、俺が一番役に立つのは間違いなく配達。

 店に残っても一人分の働きしかできないのに対し、配達ならば三人分の働きができるからな。


「嬉しい提案だが、俺は配達を行った方がいいだろ。現にニアの三倍以上の荷物を配達しているし、俺の代わりを探そうと思ったら三人雇わなくちゃいけないんだぞ」

「確かにそれは痛いが……それでもジェイドが『シャ・ノワール』に留まってくれている方が良いと俺は思ってんだ! 手数料を取っているお陰で、配達も配達で稼げているからな!」

「レスリーがそう言うのであれば、強く反対するつもりはない。ただ、俺が一番役に立てるのは配達だと言っておく」

「むむむ! それはそうなんだよなぁ……! ついこの間までは暇すぎたのに、今は色々と考えなきゃいけなくて本当に大変だわ!」


 大変だと言っている割に、表情はずっと笑顔のままなんだよな。

 暇な時は楽だったけど楽しくはない。今は大変だけど楽しい――そんな感じなのだろう。


「従業員のことと、新しい魔道具制作のこと。この二つは早めに答えを出してくれ。それと……増築や移転については考えていないのか?」


 俺は満を持して話を切り出したのだが、頭の片隅にもなかったことだったのか呆けた顔となった。

 楽しそうな表情から一転しただけに、まずいことを聞いた気持ちになる。


「……増築や移転は考えてなかったな! ただ金を稼ぐことができれば、もっといい店を構えることができるのか!」

「客で手狭に感じるようになったと言っていたし、店の売り上げを考えたら好立地の場所に移ってもいいと俺は思った」

「一切考えてなかったが、ありかもしれねぇな! ジェイドやヴェラやニアの給料もちゃんと渡せるようになっているし、増築、移転資金を貯めていくとするか!」

「開発資金と新しい従業員を雇う分は残してもらいたいが、貯めてくれると俺としてもやる気がでる」


 どうせならばトップを目指したい。

 『都影』の件やらで色々と物騒になってきているし、最後まで付き合えるかは分からないが、レスリーには良い思いをしてもらいたいって気持ちは変わらないからな。

 せめて移転か増築が終わり、新しくなった『シャ・ノワール』をこの目で見るのが俺の今の一つの夢。


「ジェイドにそこまで言われたら、今後の目標として店を大きくするってのを掲げようと思う! 最後まで協力してくれよ!」

「当たり前だ。全力で協力させてもらう」


 ガッチリと固い握手を交わし、ふわふわとしていた『シャ・ノワール』に一つ大きな目標ができた。

 そこまで遠くない目標と思っているだけに、これまで以上に頑張って早いところ目標達成といきたい。


「……朝からなんで握手してるの? おっさん二人で暑苦しい」

「来て早々に文句を垂れるな。色々と今後の話をしていたんだよ。……次の魔道具の開発の話とかな」

「新しい魔道具っ! 何それ、詳しく聞かせて」


 出勤するなり刺を刺してきたヴェラも交え、開店まで三人で今後についてを語った。

 優先順位は新しい従業員、その次が魔道具開発。

 ヴェラもやる気を見せてくれているため、魔道具については前回と同じように先に煮詰めてもいいかもしれない。



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