第52話 自主的
スタナとの食事から、三日が経過した。
幸いといっていいのか分からないが、レスリーにはスタナとの食事の件はバレておらず、無駄にドヤされることなく平穏に仕事に当たることができている。
ニアの加入で俺の配達の仕事が結構軽減され、昼には配達を済ませられるぐらいには仕事量が少なくなった。
その分店のことに労力を費やせているため、火炎瓶の制作に時間を費やすことができ、そしてとうとう――百本の火炎瓶を売りに出せる状態へと仕上げることに成功。
「やっと完成したな! 思っていたよりも時間がかかっちまったぜ!」
「瓶にこだわりすぎだ。油とクズ魔石を入れて蓋を閉めるだけなら、この十分の一の時間もかからなかったぞ」
「それじゃ売れるもんも売れねぇだろ! しっかりと安全にも配慮してぇし、瓶の中も簡単には見せたくなかったからな!」
労力をかけすぎているし、これじゃ当初の予定だった銀貨一枚と銅貨三枚では割りに合わない。
ここもレスリーの良いところではあるが、流石に値上げを提案しよう。
「このクオリティで売るのであれば、この間話していたよりも値上げして売ろう。キリよく銀貨二枚でどうだ? これでも他店よりは銀貨一枚も安く売れる」
「いいや、値段を変える気はないぞ! 百本売れなかったら元も子もない訳だしな!」
「銀貨二枚でも置いていれば絶対に捌ける。俺を信じて銀貨二枚にしてくれ」
頑固で折れる気配すらないが、なんとか必死に説得して銀貨二枚で売るように伝える。
レスリーの心配も分かるが、銀貨一枚と銅貨三枚じゃ売れてもって感じだからな。
せっかく一から作ったのだから、自信を持ってくれないと今後の新商品も売りづらくなる。
「私もジェイド派。こっちに入るお金も増えるし」
「むむむ……。分かった! とりあえず銀貨二枚で販売しよう! それで一週間置いて二十個売れなかったら、銀貨一枚と銅貨三枚に値下げするがいいな?」
「ああ、それで構わない。それじゃ早速明日から売りに出すか?」
「そうだな。そこの棚に並べ――」
「棚作った。新商品はこの棚に置きたい」
レスリーの言葉を遮ったのはまさかのヴェラで、なんと自主的に棚を作ったらしい。
これまで最低限の仕事はしてきてくれたものの、自主的に仕事をしたことは一度もなかった。
ヴェラがこれまで自主的にやったことといえば、せいぜい俺と一緒にアイテムのアイデアを考えたことぐらいだろう。
そんなヴェラがまさか自分で店のために仕事をしていたとは思わなかった。
もちろん火炎瓶の売り上げ次第では給料が上がる訳だし、全部が全部店のためって訳ではないのだろうが……。
俺とレスリーは顔を見合わせて、何度も頷き合ってしまう。
何ならレスリーの目は涙でうるうるとしていた。
「――よしッ!! その棚に火炎瓶を置こう! 新作の棚はヴェラが作った棚に置いていくことに決めた!」
「急に大きい声出すな。鬱陶しい」
「俺は嬉しいんだよ! ジェイドは最初から頑張ってくれていたが、ヴェラも俺のために頑張ってくれるとは思ってもなかった!」
「別にレスリーのためにじゃない。売れれば私の金が増えるから」
「理由はなんだっていい! よしっ、気合いを入れて売るぞ!」
ヴェラのまさかの行動で士気は高まり、明日の営業時間までにできる限りのことをやっていく。
看板のアイデアを三人で出し合い、レスリー主導の下で目を引く看板を作成。
更に看板を元にビラも作成し、目立つようにビラも店の中に張り出した。
ヴェラの作った棚も更に工夫を施して見やすいように調整し、更に火炎瓶の説明文のようなものまで制作。
棚の置き方にもしっかりとこだわりにこだわり抜き、仮に売れなかったとしても後悔がないように全力で作業に取り掛かった。
全ての作業が終わったのは日付が変わる時間帯で、ヴェラはいつもならもう寝ている時間なのか半分寝ている状態。
「よしっ! やっと完成したな!」
「こだわっただけあって、素人目線だが良い出来だと思う」
「……眠い」
「そりゃ眠いよな! こんな時間まで付き合わせて悪かった! すぐに帰って寝て、二人共明日に備えてくれ!」
「好きで残っているんだから謝罪はいらない。明日は頑張ろう」
三人で力強く頷き合ってから、ようやく解散の運びとなった。
安い火炎瓶という決して度肝を抜くようなアイテムではないが、『シャ・ノワール』にとっては歴史的一歩だし必ず成功させたい。
そんな強い気持ちを抱きながら、俺は帰路についたのだった。
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