第51話 香りの爆弾


 それから料理が届くまでの間、スタナと『パステルサミラ』までの道中に話していた続きで盛り上がった。

 個室ということもあって、人目を気にすることなく話すことができたため店の評価が俺の中で更に上がったな。


「お待たせ致しました。テーブルの上に置かせて頂きます」

「はい。お願いします」


 話に夢中になっていたこともあってか、注文してから割とすぐに台車を押した店員が料理を運んできてくれた。

 注文した料理が全てテーブルの上に並べられ、爆発するような香辛料のたまらない匂いが部屋の中に一気に充満する。


「それではごゆっくりどうぞ」


 店員が出るのを待ってから、俺はすぐにナイフとフォークを掴んで料理に飛びつく。

 スタナがいる手前、少しは上品にしようと思っていたのだが……抑えられない。


 食前の挨拶を済ませた後に、すぐに煮込まれた肉にナイフを入れ、一口大に切った肉を口の中へと放り込む。

 ――ッ! 美味しすぎる!

 

 口に入れた瞬間に数種類の香辛料が一気に混ざり合って爆発し、俺の舌を刺激してから鼻へと突き抜けた。

 俺は人よりも五感が鋭く、鼻がよく利くのだが……ここの料理人は恐らく俺以上に鼻が利く。


 少しでも香辛料のバランスが崩れると一気に瓦解するであろうところを、最高のバランス感覚で補っている。

 噛めば噛むほどフォレストオックスの旨味が口の中に広がるし、僅かに混じっている清涼感のある爽やかな香味が後味の良さを引き立ている。

 俺は夢中で三種類の料理を食べ、あっという間に完食してしまった。


「凄い食べっぷりでしたね。ジェイドさん、満足して頂けましたか?」

「ああ。本当に最高の料理だった」


 自然と頬が緩くなってしまうほど、本当に美味しい料理だったな。

 アヒージョやタンドリーとやらも抜群に美味しかったけど、やはり何といってもスタナおすすめのフォレストオックスのすじ煮込み。


 これがダントツで美味しく、もうお腹はいっぱいなのに追加で食べたくなるほど。

 俺なんかの人間が一人で入るには少し敷居が高く感じたが、この料理を食べに通ってしまうだろうな。


「そうですか。喜んでもらえたみたいで良かったです!」

「スタナから紹介される店は大当たりばかりだ。この店に連れて来てくれて本当にありがとう」

「こちらこそありがとうございます。一緒にお食事ができて楽しかったです!」


 満面の笑みでそう言ってくれるスタナ。

 この笑顔だけで皆から好かれるのが分かる、本当に良い人だというのが分かる。


 食事前に話したスタナについての話ももう少し聞きたかったが、食事に夢中になりすぎて続きを聞く機会を完全に失ってしまった。

 混んでいる店だし、食事を食べ終えたのに長居する訳にもいかないため、また別の機会に尋ねるとしようか。


 ちなみに二人分の食事でかかった金額は銀貨五枚で、いつも露店市で買う牛串が二本で銅貨三枚なことを考えると割高に思えなくもないが、これだけ美味しい料理がこの値段は破格。

 会計を済ませて、非常に高い満足感の状態で店を後にした。


「ジェイドさん、ご馳走さまでした。奢って頂き本当にありがとうございます」

「こちらこそありがとう。これだけ良い店を紹介してもらえたんだから、奢ったけど得した気分だ」

「満足そうな表情が見れて良かったです。今度は私が奢りますので、またお食事に付き合ってください」

「俺なんかでいいのであれば、いつでも食事に付き合わさせてもらう。奢られるは流石に悪いから、奢らせてもらうけどな」

「気にしなくて大丈夫ですよ。この間も言いましたが、私結構稼いでいますので!」


 笑みを浮かべながら、そう言ったスタナ。

 嫌味な感じは一切しないし、何ならかっこよさすら感じる。


 俺自身が大変な時だったし、その後も色々と面倒ごとに巻き込まれてはいるが、あの時に強盗を捕まえて良かった。

 スタナと知り合えただけで、全てが些細なことに感じるくらい俺にとっては大きな出会い。


「そういうことなら、次は奢ってもらう。ただ、その次は俺が奢らせてくれ」

「はい。楽しみにしてますね! それではまた近い内に『シャ・ノワール』に遊びに行きます。……それか、私の治療院にも遊びに来てください」

「ああ。遊びに行くのは敷居が高いが、何かあった時は遠慮なく頼らせてもらう」


 『パステルサミラ』の前でスタナと別れ、俺はボロ宿へと帰ることにした。

 今日は二人の指導にスタナとの食事。


 やりたいことはやりきれていないが、良い休日を過ごせたと思う。

 次の休みは久々に本気の情報収集。

 この最高で平和な日々を守るために――久々に全力を尽くすとしよう。

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