番外編『ジェイドの道具屋繁盛記』 その11
何の手懸かりも持っていない俺は、ブラッシュと回った有名料理店を再び訪れ、とにかく店員さんや料理人に話を聞いて回った。
非常に鬱陶しそうにされてしまったが、ブラッシュの名前があったから何とか話を聞き出すことができ、ヨークウィッチ内の良い食材を卸している店をいくつか聞き出すことに成功。
早速、俺はその日の内に訪ねてみたのだが……結果としてはピンと来るものを売っている店はなかった。
質は高いのだろうが、ありきたりな食材ばかりであり、これならば法国内で買いつけた方が鮮度も保てるし確実にいい。
丸一日無駄にしてしまった気しかせず、絶望にうちひしがれながら宿屋へと戻ることにした。
経営がギリギリの状態の中、高い金を払ってやってきたが、今のところ収穫はゼロ。
この間は店も営業できていないし、このグルメ旅で何の成果もあげることができなければ、店を畳まなくてはいけないかもしれない。
焦りと不安で気持ちがいっぱいになり、このままでは寝付けないと思った俺は、宿に戻る前に酒で不安を誤魔化すため、酒場に足を運んだ。
何気なく目に止まった酒場に入ったのだが、客層はガラの悪い冒険者のみ。
酒の飲み方も雑で、一瞬で入ったことを後悔するが、ヨークウィッチで良い店を知っているわけでもないため、俺はカウンターの端に座って酒を飲むことにした。
「マスター、ウイスキーをロックでお願いします」
「あいよ」
マスターもお洒落な感じではなく、非常に雑なのが返事から分かる。
長居はせず、すぐに酒を飲んで宿に戻ろう。
そう考えながら、酒が届くのを待っていると……。
俺の目の前に、並々と注がれたウイスキーが置かれた。
グラスが水垢だらけで汚らしいが、量は申し分ない。
値段もかなり安いし、この安さと量からこの店にはガラの悪い冒険者が集まっているのだろう。
俺がウイスキーを飲みながら、この店についての考察をしていると、後ろのテーブルから気になる話が聞こえてきた。
「なぁ『水の木屋』って知ってるか? ヨークウィッチで一番安い道具屋らしいぜ!」
「『水の木屋』って、ピンク通りにある道具屋か?」
「そうそう! この間聞いたんだけどよ、使用期限が短いものばかりを大量に仕入れて格安で売っているみたいなんだよ! 一回行ってみたくねぇか?」
「あー、そこは俺も行ってみたかったけど……なんでも最近潰れちゃったらしいぞ」
「はぁ!? それマジかよ! せっかく良い店の噂を聞いたと思ったのに!」
会話をしているのは二人組の冒険者であり、何やら道具屋の話をしている。
使用期限の短いものを格安で集めて売る――か、発想になかったけど意外と利にかなっているのかもしれない。
廃棄するのにも金がかかるのだが、だからと言って安値で捌くことは店の価値を守るためにも俺はやってこなかった。
……というよりも、どこの道具屋もやっていない。
そのため、廃棄が確定する物だけを集めて格安で売るというのは、隙間産業としてよく考えられている。
決してやりたくはないが、逆転の発想に感心しながら更に話を盗み聞いていると、更に気になる話をし出した二人の冒険者。
「『水の木屋』があったところは、今は『シャ・ノワール』が店をやっているらしい」
「『シャ・ノワール』って、個性的な魔道具を売っているあの有名店のか?」
「そうそう。ただ、魔道具とか戦闘アイテムは売っていなくて、高い薬草ばっかり売ってるって聞いた」
「なんだそりゃ。有名店だからって調子に乗った感じか? ピンク通りなんか立地が悪いし、寄り付く客層的にも絶対に売れ残るだろ」
「それがそうでもないらしいぜ。営業するのは週二日間だけ。それも高い薬草しか売られていないのに、あっという間に完売したって噂だ」
凄まじいほどに興味のそそられる話。
すぐに出ていこうと決めていたはずだったのに、今ではちびちびと酒を飲んでいる。
「ぶっ飛び過ぎててすげぇな! 週に二日しか営業していないのに、売られている商品が高い薬草だけ? それがなんで完売なんだよ!」
「理由はさっぱり分からない。超珍しい薬草って噂もあるし、客がただの馬鹿って話もある」
「絶対に後者だろ! ……でも、めちゃくちゃ気になるな。その店! ちなみに、次の営業日はいつなんだ?」
「それが明日らしい」
「よりによって明日かよ! 俺達、遠征に行く予定じゃん!」
「……キャンセルするか?」
「する訳ねぇだろ! したいけどな!」
そこからは遠征の話に切り替わってしまった。
欲を言うのであれば、もう少し『シャ・ノワール』というお店についてを聞きたかったが、これだけ有力な情報が得られたのだからいい。
いくつもの有名店を聞き回って何も得られなかったのに、まさか自棄酒をするために入った大衆酒場で良い情報が得られるなんてな。
まだ『シャ・ノワール』が俺の目的に合うお店かは分からないが、ちょうど明日から営業するとのことらしいので行ってみることにしよう。
残っていた酒を一気に飲み干し、俺は明日に備えて早めに宿に戻ることにした。
もし『シャ・ノワール』が良い店だったら、この二人の冒険者には何かお礼をしないとな。
しっかりと二人の顔を覚えてから、俺は代金を支払って足早に宿へと戻ったのだった。
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本作のコミック第一巻の発売日しております!
本当に面白い出来となっておりますので、どうか一巻だけでも手に取ってください<(_ _)>ペコ
何卒よろしくお願い致します<(_ _)>ペコ
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