番外編『ジェイドの道具屋繁盛記』 その10


 法国で一、二を争う名店『レジナルド商会』。

 これまでも何度も珍しい商品を仕入れ、他店を驚かせてきたが……今回は過去一。


 どんな病や怪我すら治すと言われ、知名度はトップクラスなのだが、ここ数十年市場に出回っていないことから、幻の花と言われている『朔月花』。

 その幻の花を、全くの噂もならないところから仕入れたのだ。


 一部では表には出せない特殊な裏ルートがある――なんて囁かれてもおり、実際に法国の諜報員も動いたようだが結果は白。

 入手経路は不明なのに、『レジナルド商会』には朔月花が置かれているという不思議な状態となっている。


 いやらしいのは看板商品として打ち出しているのに、決して売りには出さない非売品の点。

 ただでさえ、有名店である『レジナルド商会』は益々名を上げており、今ではライバル店だった『グリーンバル道具店』をあっという間に名実ともに抜き去り、法国一の道具屋となっている。


 焦っているのはライバル店だった『グリーンバル道具店』だけではなく、法国内の道具屋は次々に買収されていく――なんて噂も立っており、小さな道具屋は戦々恐々としている状況。

 それは俺の営んでいる道具屋も例外ではなく、本気で焦っている。


 俺なんか『レジナルド商会』が凄い植物を入手した――程度の認識であり、自分の立場が危ぶまれるとは少しも考えていなかった。

 ……が、実際には一週間足らずでこんなことになっている。


 名のあり、そして実もある目玉商品というのは、それだけの力があるということ。

 俺はそんな目玉商品を手に入れるべく、知り合いの知り合いの伝手を頼りに、『グルメキング』ブラッシュのインサール王国巡りについていかせてもらうこととなった。


 目的はインサール王国での新たな仕入れ先の確保。

 『グルメキング』の異名がついているブラッシュと一緒にいれば、きっと良い食材に巡り合える可能性が高い。


 それに……『レジナルド商会』のトップが、朔月花を入手する前に王国に足を運んでいたという噂もある。

 現時点ではただの噂程度だが、朔月花の入手経路が分かれば、『レジナルド商会』に対抗できるかもしれない。

 そんな思惑を胸に、俺の一世一代の王国グルメ旅が始まった。

 


 ――はずだった。


「うぉっうぉ。王都、それからリンクラルの街の料理も格別でしたけど、ヨークウィッチもクオリティが高いですわねー! 宗教上の理由で、一部の食材が使えない法国よりも、王国は料理のレベルが数段上ですわー!」


 蓋を開けてみれば、ただの飯を食べるだけの王国グルメツアー。

 仕入れなんかをする気配は一切なく、一日で食えるだけの料理を食っては王国の街を移動するだけ。


 料理は確かに美味しいが、腹が膨れすぎて味がよく分からなくなっている。

 今のところ、無駄にお金を消費しただけであって、何の成果も得られていない。


 このままでは……なにも得られないまま、法国に戻ることになってしまう。

 ここまで黙ってついてきたが、この先の最悪の未来が見えた俺は、ブラッシュに尋ねてみることにした。


「……ブラッシュさん、食材の仕入れとかはしないのですか? ただ、食べているだけの気がしますが」

「はっ! ただの付き人風情が失礼ですわね。アタシのお仕事はあくまで料理を食べること。ピンと来た食材や調味料が現れるまではわざわざ探しませんのよ! あなたは黙ってお金だけ出してればいいの! あなたのお金でアタシの胃袋を満たせるのだから光栄でしょう?」


 俺に向けて指をさしながら、そう言ってきたブラッシュ。

 危うく手が出かけたが、ブラッシュに手を上げたところで何の解決にもならない。


 それに、あることないこと言って、ブラッシュの旅についてきたのは俺自身。

 ここからはブラッシュには頼らず、自分の足で目玉となり得る食材を探してやる。

 もちろんここまで支払った金額を回収するためにも、無駄に名高いブラッシュの名前は使わせてもらうがな。


「私なんかが意見を言って申し訳ございませんでした」

「うぉっうぉ。分かればいいのよ、分かればね!」

「……ただ、昨日から胃の調子が悪く、今日から出発までは別行動を許してもらえませんか? せっかく出した料理を残すことになるのは申し訳ありませんので」

「ん? お金は? お金はどうするのよ! 私の分も出すってことでついてきたのよね?」

「もちろんお金は出させて頂きます」

「なら、好きにして構わないわよ。それにしても、なっさけない胃袋ね。アタシに憧れているみたいだけど、あなたじゃ『グルメキング』には到底なれないわ!」


 誰がこんな豚みたいになりたいんだ。

 喉元まで出掛けた言葉をグッと飲み込み、ペコペコと頭を下げ続ける。


 ついていくためだったとはいえ、下手に出すぎるのもよくないな。

 俺は心の中でそんなことを考えながら、ブラッシュの話を聞き流し続けたのだった。



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本作のコミック第一巻の発売日しております!

本当に面白い出来となっておりますので、どうか一巻だけでも手に取ってください<(_ _)>ペコ

何卒よろしくお願い致します<(_ _)>ペコ

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