第74話 嫌な気配の正体


 予定通り、特に苦労することもなくゴブリンキングは討ち取れた。

 ただ思っていた以上に体格が大きく、頭が俺の頭の三倍くらいあるのが予想外で、これを持ち帰られないといけないのが非常に億劫。


 臭いも酷く、首から流れる大量の血液でせっかくの防具も汚れてしまっているからな。

 防具はマイケルに補填してもらうことを心に決めつつ、俺は先ほどの泉から全力で離れて、奥に感じた強い気配を放つものの下へと急ぐ。


 首だけとなったこいつがゴブリンキングで間違いないし、別の奴を狙う必要は無いはずなのだが……俺は奥にいる奴の方が嫌だと明確に感じた。

 ゴブリンキングよりも嫌な気配を放つ魔物なんて、見過ごして良いことなど一つもない。


 魔物には疎いが、長年暗殺者として動いてきた勘がそう言っている。

 ゴブリンキングの頭を抱えながら、全力で森の奥にいる強い気配を放つものの場所へと向かった。


 気配は――もうすぐ近くにある。

 近づいてみて分かったが、やはりゴブリンキングよりも確実に強い気配。


 一つ気になるのは、周囲に他の魔物の気配を感じないこと。

 俺の脳裏に過っているのは、マイケルが言っていた“魔人”という言葉だ。


 魔人については何も知らないが、もしかしたら本当にこの森に魔人が潜んでいるのではないかと思い始めている。

 ゴブリンキングが誕生したといっても侵攻が早すぎたり、マイケルが討伐に向かわせた冒険者達が一人も戻らなかったりと不可解なことも多かった。


 この先にいる何者かについて考察しながら進んでいると、ようやくその何者かを肉眼で姿を捉えることができた。

 ゴブリンキングの頭は付近に一度放置し、木の上から嫌な気配を放つ者の姿を観察する。


 姿は人間にそっくりだが、体の色味は全体的に青色。

 手足が異様に長く、そんな手足よりも長いのは紫色に変色している舌だ。


 長い舌を器用に動かし、ペロペロと周囲に倒れている人間の内部を舐めている。

 倒れている人間に一切の見覚えもないが、恐らくマイケルがゴブリンキングの討伐に向かわせたと言っていた冒険者達で間違いない。


 全員既に死んでいるようだが、死体の状態的には非常に綺麗。

 ……だがそれ故に、耳から舌を入れて頭部の内側を舐めているのが、たくさんの人間を殺めてきた俺ですらおぞましく思える。


 道中で予想していた通り、あれは魔人で間違いない。

 何度も言うが情報が何もない相手と戦いたくはない――が、ゴブリンキングよりも断然危険なのはあの魔人。


 仮にあの魔人がヨークウィッチに攻め込んで来たとしたら、大きな被害に遭うことは言うまでもない。

 魔人というだけあって人の形をしているし、まぁ……勝てるだろう。


 冷静にそう判断した俺はゴブリンキングに引き続き、魔人を狩ることを決めた。

 平和な一般人としての生活を送るはずが、こうして最前線で戦っているのは訳が分からないが、暗殺の仕事とは違い不思議と気分が良い。


 もう煙玉はないため、俺は隠れることなく木から飛び降り、軽やかな足取りで魔人の下へと向かった。

 屈強な体つきをしている冒険者の頭部を夢中で舐めていた魔人だが、かなり早い段階で俺に気づいていたらしく、つぶらな瞳をこちらに向けて喋り出した。


「あら、また新たな獲物がきちゃった! うふふ、質の高い人間をこんなに舐められるって本当に運がいいわ」

「人の言葉が喋れるんだな」

「当たり前じゃない! 私は脳を啜ることで記憶を食べることができるの。そのお陰で多種多様の言語を操ることができるわ。まぁそんなことは関係なく、アタシたちは人の言葉を話すけどね」


 疑問に思ったことをぶつけたら、普通に返事をしてきたことに少し驚く。

 それにしても、記憶を食べる――か。

 不気味さに目がいってしまうが、思っている以上に危険な能力。


「ついでに聞きたいが、お前はなんでここにいる? 何が目的でゴブリンキングをけしかけたんだ?」

「お前って言うのはやめてほしいわね。アタシにはしっかりとトラームって名前があるから!」

「……トラームは何が目的でここにいるんだ?」

「うふふ、教えてあ、げ、な、い! どうせ今から死ぬ子に教えるだけ無駄だからね。貴方はそうねぇ……生きたまま脳を啜ってあげるわ。生きたまま脳を啜るとねぇ、ほんっとうに良い声で鳴くのよ! ふふふ、楽しみだわぁ!」


 そう告げると共に、戦闘態勢を取ったトラーム。

 だらりと下ろした腕の筋肉が引き締まり、指の先から鋭い爪が飛び出た。


 武器は持っていないが、あの爪は下手な武器よりも危険。

 舌での攻撃に加え、様々な人間から奪ったであろう記憶も厄介なはず。


「それじゃあ行くわよ。簡単には死なずにアタシを楽しませて頂戴ね!」


 ドンッという地面を蹴り上げる音と共に、トラームの腕が一瞬の内に目の前まで迫っている。

 動きは今まで戦ってきた相手の中で上位に食い込む速度だが――難なく避けられる速度でもある。


 わざと急所を避けて攻撃しているのか、何故か腕やら足やらを狙ってくる爪での切り裂き攻撃を躱しつつ、トラームの表情を見ているが表情の変化が分からない。

 つぶらな瞳を頻りにパチクリさせているが、これが驚いているのか通常の状態なのかの判別が俺にはつけられない。


「……ふーん、中々速いじゃない! でも、逃げているだけではいつかアタシの攻――ふぐッアッ!」

 

 立ち止まって講釈を垂れた瞬間に隙が生まれたため、俺は懐に潜り込んで肝臓付近を抉る取るように拳を叩き込んだ。

 ゆらゆらと揺れていた舌が不気味で近寄れなかったが、立ち止まってしまえば何も怖くない。

 

 そして拳を叩き込んで分かったが、魔人の体は硬いため鉄の短剣では刃が通らない。

 地道な作業になるが、動きが止まるまで殴り続けるしかなさそうだな。


「こ……の、糞人間があああああああ! アタシの体を傷つけたことを絶対に後悔させてやるッ!!」

「なんだ。普通の喋り方もできるのか」

「ズッタズタに引き裂いて、苦痛を与えて殺してやるからなァ!」


 腹部への一撃が逆鱗に触れたようで、動きを更に速めて爪をぶん回してきた。

 先ほどとは打って変わって、今度は的確に急所を狙ってきたのだが……。 

 俺から言わせてもらうと、急所を狙ってきてくれた方が戦いやすい。


 腕の位置や角度からどこの部分を狙っているのかが分かるため、今度は避け続けることなんてせずに的確にカウンターを合わせていった。

 傍から見たら、両者共に拳を振り回しているバチバチの殴り合いに見えるだろうが、今のところトラームの攻撃は一度も俺に届いていない。


 それどころかトラームの力を乗せてパンチを打ち込んでいるため、互いに打ち合っている攻撃の全てをトラームが受けている状態。

 キレてから一分もしない内に敵わないと理解したのか、動きは目に見えてキレが悪くなり一発一発の威力も弱くなった。


 そしてとうとう――俺に背を向けて逃げ出したトラーム。

 強者のプライドがあるはずだろうが、手遅れになる前に逃げ出すという判断は流石の一言に尽きる。


「一度は見逃がしてあげるわッ! ただ次会った時はアタシの仲間と一緒に確実に――」


 スピードなら負けないと思ったようで、何やら喚いていたが……俺に背を向けたら終わり。

 逃げ出したトラームに一瞬で追いつき、背後から飛びついて首を締め上げた。


 人間の強盗には優しく大事に扱うように締め落としていたが、今回の相手は魔人ということで一切の手加減もいらない。

 舌を動かせないように強く握ってから、一気に首を絞めて捩じ上げた。


 人間と体の構造が違ったら厄介だったが、概ね同じなようで一瞬にして意識を飛ばしたトラーム。

 長い舌を垂らしながら白目を向いて気絶しており、しばらく目は覚まさないと思う。


 縛り上げたうえでトラームから情報を聞き出すか迷ったが……簡単に吐くとは思えないし、殺していいだろう。

 気絶したトラームを地面に寝かせたまま、俺は頭部を舐められていた男の下まで向かう。


 胸のプレートから察するに、この男はプラチナランク。

 流石にプラチナランクなだけあって、腰に差してある剣の質も相当高い。


 敵討ちというつもりはないが、自分を殺したトラームを自分の剣で討ったとなればこの男も少しは報われるだろう。

 そんな思いで男の剣を引き抜き、俺は気絶しているトラームの心臓を男の剣で一突きしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る