第33話 悪人


 ロングコートの男はニヤつきながら俺の下へと近寄ってくると、わざとらしい笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「おいおい、お前誰だよ? なんでここにいるんだ? 戸締りはしっかりとしていたはずなんだけどな」


 立ち振る舞いは隙だらけだが、わざと隙を見せているだけで本当の隙はない。

 まだ若いように見えるが、かなりの修羅場をくぐってきているようで実力は持ち合わせていることはすぐに分かった。


「悲鳴のようなものが聞こえたから来てみた。それで入ってみたら、中で人が死んでいたって訳だ」

「それは流石にまずいんじゃねぇか? 施錠もしてあったし、完全な不法侵入だろ。……なぁ? お前達もそう思うよな?」

「は、はい! そう思います!」


 後ろに控える男……いや、髪は極端に短いけど女か。

 後ろに控える女はロングコートの男の機嫌を損ねないようにしているのか、下手くそな愛想笑いを浮かべながら媚び諂っている。


 ロングコートの男も若いが後ろの女はもっと若いため、若者——それも貧困で苦しむ若者を中心にした組織なのかもしれない。

 死んでいる男も後ろの女も、ボロい服装に痩せた体型ということから俺はそんな推測を立てた。


 俺が元いたエルグランド帝国にも遺児だけで結成された盗賊団があり、後ろに控える女と似たような人間で構成されていた。

 一つ気掛かりなのは、ロングコートの男は高級品で身を包んでいること。


 そうなってくるとロングコートの男がわざと飯も寝床も与えず、洗脳に近い形で縛っている可能性も十分に考えられる。

 ……なにせ、同じようなことをしていたクロと似た臭いを感じるからな。


「ほら、こいつらもそう言ってるぜ? どうするんだよ、おっさん。金を払うだけじゃ許さねぇからな?」

「どうするって言われてもな。兵士に連絡してどうするか決めてもらうのがいいんじゃないのか? ちなみに俺は金も払う気ない」

「くっくっく。この状況で良く大口叩けるな。ここは防音対策が施されている地下室。お前は悲鳴が聞こえたとかくだらない言い訳を言っていたが、どんだけ叫ぼうが誰も助けはこない。……後ろのゴミと同じようにじーっくり嬲ってから殺すぞ?」


 腕に余程の自信があるのか、俺に対して絶対に勝てるという自負があるらしい。

 逃げる前に見つかるというヘマをしている訳だし、舐められることに関しては言い訳のしようもないのだが……天地がひっくり返ろうとも俺が負けることはない。

 修羅場をくぐってきた実力者といえど、俺はその何百倍の修羅の道を歩んできた。


「殺せると思える自信が凄いな。一体この地下室で何人の人間を殺してきたんだ?」

「いちいち殺した人間の数なんて数えている訳ねぇだろ。んま、うん十人は余裕で殺しているだろうけどな。へっへ、どうした? 強がっているけど、ビビッてんのがバレバレだぞ」


 数十人は殺している……か。

 それ以上の人間を殺してきた俺が言えた義理ではないが、この男を生かす価値はない。


 人はなるべく殺さないという自分の中のルールを破ることになるが、こいつは人間の皮を被った化け物。

 魔物よりも下劣な人間だということは、俺が元殺し屋だから分かる。


「そうか。なら、次は自分が殺されても文句は言えないな」

「殺されても……? 誰が誰に殺されるって言うんだ? ――あぁ?」

「お前が、俺にだ」

「本当に調子に乗ってんな。強者ってのはな、相対した時に大体の強さってのが分かんだよ。――おっさん、お前からは一切の強さも感じない」


 ロングコートの男はそう吐き捨てるように告げた後、腰に差していた剣を引き抜きゆっくりと近づき始める。

 体捌き自体は中々だが、俺を本当に舐めているのか構えすら取らずに向かってくる。


 俺が気配を抑えているとはいえ、特殊な鍵を開錠して侵入した人物を相手にしたら普通なら警戒しそうなもんだが……。

 そこまで思考を伸ばした瞬間、ロングコートの男が踏み込んだ足元に魔法陣が浮かび上がった。


「【アクセラレート】」


 短い詠唱と共に足元の魔法陣が発動され、ロングコートの男は超速で斬りかかってきた。

 舐めた動きはフェイクで、緩急で動きに慣れさせないためのもの。


 魔法の短縮詠唱も見事で、魔法を発動させてからの動きも完璧。

 無駄のない動作から放たれた一撃も重く、常人ならば何もできずに首を刎ね飛ばされていたであろう。


 ……ただ、俺から言わせてもらえば狙いが分かりやす過ぎる甘い攻撃。

 すれ違いざまに首を刎ね飛ばしにきた攻撃を、懐から取り出した短剣で完璧に受け流した。


「首、貰ったぜぇ。ここに入り込めた奴を嬲り殺す訳ねぇだろ。油断させてザシュッ――だわ!」


 どうやら俺の受け流しが完璧すぎたせいで、首を取ったと錯覚するくらいの手ごたえがあったらしい。

 首を刎ねるどころか傷一つないのに恥ずかしい台詞吐きながら、地面に片膝を着いて余韻に浸っている。


「残念だが首は取れてないぞ」


 そんな様子が見るに堪えなかったため俺がそう声を掛けると、慌てて振り向いたロングコートの男。

 その表情はまるでアンデッドでも見るかのように驚きの表情で満ちており、あり得ないと思ったのか剣に視線を落として血がついてないことを確認していた。


「次は俺の番だな」

「ちょっと待――」


 順手で持っていた短剣を逆手に持ち替え、慌てて立ち上がったロングコートの男との距離を一気に詰める。

 魔法もスキルも――いらないな。

 素の状態で倒せると判断した俺は、フェイントを織り交ぜながら懐まで潜りこみ、左の太腿の脇に短剣を突き立てた。


「うぐぁあアあッ!」


 ロングコートの男は痛みに悶えるような悲痛な叫びを上げながらも、必死に死ぬまいともう一本の剣も引き抜き、二刀流スタイルで死に物狂いで攻撃を始めた。

 ただ太腿の傷のせいで動きが鈍く、初撃ほどの切れ味も威力もない。


 振り回す二本の剣を短剣一本で捌きながらまずは右肩を斬り裂き、次に左の二の腕。

 そして腕が上がらなくなったところに、右の太腿に深々と短剣を突き立てた。

 ロングコートの男は声にならない叫びを上げながら、膝から地面に崩れる。


「た、助けてく――」


 両目を見開いて命乞いする男の言葉を最後まで聞くことなく……俺は逆手に持った短剣で首元を斬り裂いた。

 噴き出た血が俺にかかり、久しぶりに死の臭いを全身で感じる。


 心地良いとは決して思わないが、嫌悪よりも懐かしい感覚が先に来てしまうのは駄目かもしれない。

 顔から地に伏したロングコートの男を見ながら、俺はそんなことを考えつつ後ろを振り返る。


 ロングコートの部下であろう女と目が合い、甲高い悲鳴を上げて腰を抜かした。

 逃げようとしているが震えて逃げられない。

 目や鼻からは体液が漏れ出ており……なんなら漏らしてしまったのかアンモニア臭もする。


 自分の上司をあっさりと殺した血まみれの状態の俺と目が合ったのだから、漏らしてしまっても仕方ないといえば仕方ないか。

 とりあえずこの女とは会話を行いたいところ。


「とりあえず落ち着け。すぐに殺すことはしない」

「……た、助けてください。な、なんでも、しますから!」

「死にたくなら落ち着け。まずは深呼吸を十回行え」

「わ、分かりました」


 俺は女に深呼吸を行わさせ、半ば強引に落ち着かせる。

 過呼吸気味だった女は深呼吸のお陰で少しは冷静さを取り戻せたのか、あらゆる体液を垂れ流した状態だが、会話を行えるくらいには落ち着いた様子。


「色々と話を聞きたいんだが――まずは水が出る場所を教えてくれ。血を洗い流したい」

「う、上にあります。案内します」


 血はすぐに洗い流さないとこびりつくからな。

 この皮の防具も銀貨三枚と高価だったし、駄目になる前に洗い流したい。

 短髪の女に案内されるがまま、ひとまず死体が転がっている地下室から出て、上のバーへと戻ったのだった。


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