第190話 鉱石の正体


「それで新しい店員を雇ったって訳なのか。知らない人がいて本当にびっくりした」

「奥の扉も見てみろ。熱気が漏れないように扉も新しくしたんだわ。……さっきの店員に絶対必要って言われてな」


 言われた通り覗き込んで見てみると、確かに奥の工房との間には分厚い扉が取りつけられていた。

 閉店していたからではなく、この扉のお陰で熱気がきていなかったのか。


「この扉は大正解だと思うぞ。良い店なのに暑すぎて長居したいと思えなかったしな」

「別に長居はしてほしくなかったし、良い感じで客が帰るから丁度良かったんだけどな」

「武器屋ならじっくり決めさせた方がいいだろ。命を守る道具な訳だしな」

「そこらへんは一切分からねぇ。合う武器なんてパッと決められるだろ」

「そんな単純なものじゃない。……とまぁ、何はともあれこの扉は大正解だ。従業員を雇った訳だし、ダンだってこの扉のお陰で集中して作業できるようになっただろ?」


 俺がそう尋ねると、腕を組みながら首を左右に何度も首を捻った。

 扉の設置にあまり納得がいっていなかったが、思い返してみたら作業に没頭できていた――とかだろう。


「…………よく分からん。それよりも今日は何しに来たんだ? 店が閉まってから来たってことは、買い物って訳じゃねぇんだろ?」

「露骨に話題を変えてきたな。便利なら便利って素直に認めればいいのに」

「うるせぇ。それでジェイドは何しに来たんだよ!」

「短剣の礼をしに来たんだ。質が高い剣だけに本当に使い勝手がいい。大事に使わせてもらってる」


 頭を下げて礼を伝えると、頭をポリポリと掻いたダン。

 言い合っていたところから急に礼を言ったため、何か変な空気になってしまった。


「別に構わねぇよ。ジェイドには俺も世話になっているしな。……て、わざわざ礼を言いにきたのか?」

「いや、言葉を伝えにきただけじゃない。この短剣の礼の品も持ってきた。良かったら貰ってくれ」


 俺はダンにそう告げてから、鞄に入れていた巨大メタルトータスの鉱石を取り出し、勘定場となっているカウンターの上に置いた。

 最初は何の鉱石か分からなかったようで、適当に流し見していたダンだが……。


 何か心当たりを見つけたのか、急に素早い動きで顔を思い切り近づけて食い入るように見入った。

 そこから無言のまま見続けたと思ったら、勢い良く顔を上げて今度は俺の下へと勢いよく近づいてきた。


「お、おい! この鉱石ってまさか……!」

「まさかと言われても俺には心当たりがない。希少な鉱石だというのは分かっているが見覚えがないからな」

「……こ、この鉱石はオリハルコンだろ! も、もしかして偽物か!?」


 ダンの口から発せられたのは、オリハルコンという鉱石の名前。

 見覚えはなかったが、オリハルコンという鉱石は俺も知っている。


 伝説の鉱石の一つで、英雄の剣の素材として使われたって話を聞いたことがある。

 実在しているのかどうかも分からない代物で、一種のおとぎ話のようなものって認識だったが……この世に存在したんだな。


「偽物ではないと思う。メタルトータスという魔物から、俺がこの手で実際に取ったものだからな。本当にオリハルコンかどうかは知らないが」

「メタルトータス!? ジェイドが自ら採取した!? 情報過多で頭が痛くなってきたぞ」


 ダンにとっては刺激が強すぎたのか、今まで見たこともないくらいに興奮した様子を見せている。

 まぁこの鉱石が本当にオリハルコンなのだとしたら、ダンがこれほど興奮するのも分かる。


「全部事実だ。先日、ベニカル鉱山って場所でメタルトータスを狩った。そのメタルトータスが持っていた鉱石がこの鉱石だったって訳だ」

「その話が本当ならば、この鉱石がオリハルコンである可能性は非常に高い。それに驚くべきはこの量。爪ぐらいのサイズでも破格の値段で売れるのに、俺の顔くらいの大きさがあるぞ!」

「かなり大きなメタルトータスだったからな。とりあえず世話になった礼として、その鉱石はダンにプレゼントする。弟子への口利きまでしてもらったしな」

「いやいや、受け取れる訳ねぇだろ。この一塊でそのウーツ鋼の短剣を百本は余裕で買えるぞ!」


 そう具体的な数字を出されると少しだけ惜しく感じてしまうが、ダンにあげるために取って来たものだからな。

 恩は金では買えないし、ダンならきっと有効に活用してくれると信じている。


「だとしても、ダンには色々と世話になったからな。受け取ってくれ」


 俺がそう伝えると、心の中で葛藤しているのか挙動不審な行動を取り始めた。

 そして、気持ちに整理がついたのか――大きく頷くと顔を上げたダン。


「……分かった。このオリハルコンで俺が最高の剣を打つ。剣が完成したらジェイドに渡す――これでどうだ?」

「ん? それじゃオリハルコンをあげたことにはならないだろ」

「別に俺はオリハルコンが欲しい訳じゃないからな。この伝説の鉱石で剣を打てるってのが鍛冶師にとっては最高の幸せだ。そんで、その剣を俺が知る最強の剣士に持ってもらいたいってのが願い」


 全くよく分からないが、ダンがそう言うのであればいいのか?

 オリハルコンの剣が欲しくないといえば嘘になるし、ダンが打った剣となれば尚更。

 ただ、それだとプレゼントになってないが……。


「諸々を決めるのは、ダンがオリハルコンの剣を打てたらにしよう。簡単に打てるものではないんだろ?」

「そうだな。加工の仕方すら分からないし、調べることから始める。俺の鍛冶師人生を費やして、ようやく打てる一本になると思う」

「分かった。ダンがそのオリハルコンを剣にするのを楽しみに待っている」

「ああ。……ジェイド本当にありがとな。オリハルコンの剣は絶対に完成させる」


 ダンは涙ぐみながらも、力強くそう宣言した。

 単純なプレゼントだったはずが思わぬ展開になってしまったが、ダンが喜んでくれているようだし本当に良かった。



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