第130話 弟子


 大通りの北西にある、『シャ・ノワール』よりも少し大きい店。

 ダンの弟子といっていたため、店に関しては同じく汚いのだろうと思っていたのだが……。


 俺の予想に反し、武具屋とは思えないほど綺麗な造り。

 ちゃんと店だと分かるように大きく看板も出されているため、立地は悪いが客も入っている様子だ。


 俺はそんな『アルマ』に足を踏み入れ、早速店主らしき人物を探す。

 一人で経営している訳ではないようで、店内には店員らしき人物が二人いた。

 とりあえず……一番近くにいる店員に声を掛けてみようか。


「すまないがちょっといいか?」

「なんでしょうか? 何か買いたいものでもありましたか?」

「いや。この店の店主に用があるんだが、どこにいるか教えてもらえるか?」

「キーガンさんに用ですか? 奥にいますが呼んできましょうか?」

「ぜひ呼んできてほしい」


 店員にそう頼み、奥にいる店主を呼んでもらうことにした。

 その間に店の中を見ていると、ダンが打ったであろう剣がいくつも並んでいる。


 何なら、防具よりもダンの作ったであろう剣の方が売り出されているぐらいだ。

 そんな店内を見ていると、先ほどの店員が店の奥から戻ってきた。


「お待たせしました。キーガンさんはあちらの扉の先にいますので行ってみてください」

「分かった。わざわざありがとう」


 店員に軽く礼を伝えてから、俺は店員に教えてもらった扉を通り、店の奥へと進んだ。

 店の奥は『ダンテツ』と同じように鍛冶場となっていて、奥にかまどがあって手前には裁縫道具がズラリと並んでいる。


 鎧に加えて、布製の防具も作っているようだ。

 そんな裁縫道具の前で服を縫っている人が見える。

 俺の目には女性にしか見えないのだが、あれがダンの弟子のキーガンなのか?


「作業中のところすまないがちょっといいか? 先ほど店員に話をして、ここへ通してもらったのだが……『アルマ』の店主のキーガンなのか?」

「ええ、私がキーガンです。それで私に用とはなんですか? オーダーメイドは請け負っていないので、ご質問等でしたら店員に聞いてもらえると助かります」


 一瞥もせず、手元だけを見ながら作業を行っているキーガン。

 本当に忙しいようで話を切り出すかも迷ったが、俺としてもダンの弟子に加工してもらいたい気持ちがあるため、話を切り出すことにした。


「実は『ダンテツ』という店の店主をしているダンから、この店を紹介してもらって来た。手紙を預かっているから読ん――」


 俺が全ての言葉を言い切る前に、キーガンは作業の手を止めて俺の前へと素早くやってきた。

 

「ダンさんの知り合いでしたら先に言ってくださいよ! どれだけ忙しくとも、ダンさんが最優先ですから!」


 作業を行っていた布を放り投げ、ニコニコと嬉しそうにそう語っているキーガン。

 ダンは表面上は不躾な感じだが、根は優しいため慕われているようだ。

 鍛治技術も高いし、当たり前といえば当たり前か。


「とりあえず手紙を渡す。内容が詳しく書いてあるかは分からないが読んでみてくれ」


 俺はダンから預かった手紙をキーガンに渡すと、すぐに読み始めた。

 手紙をしたためていた時間を考えると、大した内容のことは書いていなさそうなのが少し心配。


「……なるほど。分かりました! 先ほどオーダーメイドはしませんと言いましたが、ダンさんからのご依頼であれば引き受けます。どんな防具を作ってほしいのでしょうか?」

「そんなあっさりと引き受けていいのか?」

「ええ。ダンさんには今もなお、お世話になっておりますので! それでどんな防具が欲しいのですか?」


 話はとんとん拍子で進んでいるが、やはり詳しい情報は記載していなかったようだ。

 背負っていたフィンブルドラゴンの素材を下ろし、まずはキーガンに見てもらう。

 

「これはフィンブルドラゴンという、北の山に生息するドラゴンの翼膜だ。これを使って身軽で丈夫な防具を作ってほしいのだが作れるか?」

「ドラゴンの翼膜!? 実際に作ったことがないので分からないですが、ちょっと見てもいいですか?」


 俺が返事をする前にドラゴンの翼膜を手に取ると、じっくりと観察したと思いきや実際に触り、伸ばしたり頬擦りをしたりと様々なことをしながら翼膜の確認を行い始めた。


「さすがドラゴンの翼膜なだけはありますね。耐熱性耐寒性に優れており、頑丈なのにも関わらず驚きの軽さ。加工するのも一苦労でしょうけど燃えますよ!」


 キーガンは目を輝かせながらそう語った。


「それじゃ引き受けてくれるってことで大丈夫か?」

「ええ、採寸だけ計らせてもらっていいですか?」

「……構わない」


 一瞬迷ったが採寸くらいならば大丈夫だろうし、フィンブルドラゴンを倒した事実を知っている。

 仮に俺の体を見てもそこまで驚くことはないはずだ。


「細かく計っていきますので、大人しくしていてください」


 慣れた手つきで巻尺を使い、俺の採寸を始めたキーガン。

 俺の体に触れた時に一瞬驚いた表情を見せたが、特に言及することもなく計り終えたらしい。


「これで大丈夫ですね。作成期間として一ヶ月は貰います。費用はその時にお支払い頂ければ構いませんので」

「分かった。ただ一ヶ月もかかるのか」

「当たり前です。ドラゴンの素材の加工なんて初めてですから。失敗しない代わりに時間は貰いますよ」


 淡々とそう告げて来た後、俺が持ってきたフィンブルドラゴンの翼膜をまとめて机の上へと置いた。

 あとは……角をどうするかだな。


 期間が期間なだけに、防具が完成してから話を持ち掛けてもいい気がするが、今の内に作成できるかどうかぐらいは確かめた方がいい。

 既にキーガンが依頼した防具に意識が向いているのを感じつつも、俺は呼び止めてフィンブルドラゴンの角の話題を振った。


「もう一つ話があるんだがいいか?」

「まだ話があるんですか? ……なんでしょうか?」

「アクセサリーの加工も行えるのであれば、依頼したい物がある。フィンブルドラゴンの角を腕か手の甲に着けられるようにしてほしいんだ」

「フィンブルドラゴンの角? 見せてもらっていいですか?」


 俺は翼膜を入れていた袋からフィンブルドラゴンの角も取り出し、キーガンに見せた。

 サイズは一メートルほどの長さ。


 先端の部分だけを上手いこと削り取り、アクセサリーとして加工してもらいたいと考えている。

 角を削り取るのですら大変な上、アクセサリーとして加工するのは更に高い技術が要求される。

 断られるのを覚悟しての依頼だったのだが、キーガンの返事はまさかのものだった。


「いいですよ。防具を作り終えてからですが引き受けます」

「本当にいいのか? 言わなくても分かるだろうが、翼膜なんかよりも加工の難易度が遥かに高いぞ」

「ええ、分かっています。ですから……ダンさんにも協力してもらうつもりです。角をアクセサリーにできるサイズまで削るのはダンさん。アクセサリーに加工するのが私という風に分担すれば、できないことはないと思っていますから」

「なるほど、ダンにも頼むのか。ただ、引き受けてくれるのか?」

「そこは引き受けてもらいます。私に手紙をよこしたのですから、性格を考えても断れる訳がありません」


 流石に弟子なだけあり、ダンの性格を知り尽くしている。

 いないところで話を進めてダンには悪いが、俺にとっては間違いない二人に依頼できたことになった。


「それじゃ防具が完成次第、角の加工もお願いしたい。キーガン、引き受けてくれて本当にありがとう」

「こちらこそありがとうございます。ダンさんと一緒に仕事を行える良い口実ができました」


 その小悪魔的な笑みに俺は少々寒気を感じつつも、キーガンに頭を下げてから『アルマ』を後にした。

 ダン繋がりで良い人で知り合えた上に、フィンブルドラゴンの加工も引き受けてもらった。


 またしてもダンに助けてもらった形になったが、報酬は翼膜の残りと角の残りで満足してもらうしかない。

 それか……ダンのために良い金属を採取してくるのもアリだな。



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