第129話 ウーツ鋼


「ダン、俺はこの短剣に決めた」

「その剣でいいのか? 二つの剣と違って珍しい効果は何もないし、三本の中じゃ一番安いぞ」

「構わない。値段で決めるなら属性の短剣だろうが、火属性の通りが悪い魔物には相性が悪くなるしな。軽鋼の短剣は魅力的だが、振った感じイメージと大きくズレてしまう。それにやはり質の部分も気になる」

「それで残った三本目の短剣に決めたって訳か」

「ああ。丹誠込めて打たれた非常に良い短剣だ。フィンブルドラゴン相手だろうが、折れないというのが見ただけで分かった。素材は一体何なんだ?」

「素材はウーツ鋼だ。制作者はもちろん俺で、半年くらいかけて作った代物だぞ」


 見ただけで良い短剣だとは思ったが、ウーツ鋼が材料なら納得だ。

 ダンの腕も合わさって、俺が握った短剣の中でも剣の質という面では五本の指に入るレベルに仕上がっている。


「半年もかけて作ったとなると、金貨三枚では済まないだろ?」

「当たり前だ! 本当なら十倍の値段で売りたいところだが、どちらにせよ俺の店には白金貨を持って買いにくる客なんていないからな。安い値段で売らなくてはいけないのなら、ジェイドに使ってもらった方が俺としても本望って訳だ」

「そういうことなら、ありがたく金貨三枚で買わせてもらう。俺がこの剣で何かを成した際は、『ダンテツ』を宣伝させてもらう。目立つのが嫌いだから、そうそうないとは思うが」

「あまり期待しないで待っておく。俺の店で売っている剣は基本的に俺が自分で打ったものだけだし、大勢押しかけられても困りはするしな」


 そう言いながら、大きく笑ったダン。

 鉄の短剣、トレバーとテイトの剣、そして今回のウーツ鋼の短剣。


 ダンには前々から世話にはなっていたが、今回ので一気に跳ね上がった気がする。

 この短剣はつい何度も見てしまうような魅力があり、確実に金貨三枚の質ではない。

 しっかりと感謝しつつ、簡単には折れないだろうが絶対に折れないように使っていきたい。

 

「はい、確かに金貨三枚頂いた。今日はもう帰るのか?」

「いや。ウーツ鋼の短剣で世話になっておいてアレなんだが、ダンにはもう一つ頼みたいことがあって来たんだ」

「まだ頼みたいことがあんのか! 俺にできることなら受けてやるが、頼みたいことってのは一体何なんだ?」


 ここから更に頼み事というのは本当に忍びないのだが、俺は背負っていた素材を再び下ろして指さした。


「このフィンブルドラゴンの加工をお願いしたいと思っている。防具とアクセサリーを作ってほしいんだが、ダンはやってくれたりしないか?」


 そうお願いしたのだが、ダンの表情は渋くなってしまった。

 ドラゴンの加工となると、やはりダンと言えども引き受けてはくれないか。


「残念だが、俺には無理だな。鍛冶師となって四十年、俺は剣しか打ったことがねぇ。飾られている防具は他から買ったものだ」

「そうだったのか。さっきの発言からも、てっきりダンが自分で作っているものだと思っていた」

「俺の店で売っている“剣”は――だな。何度か防具も作ったことはあるんだが、防具に関してはどうも性に合わない。ドラゴンの素材を加工してみたい気持ちはあるが、残念ながら俺には無理だ」


 そういう理由ならば仕方がないか。

 一番信用のあるダンに作ってもらいたかったのだが、剣以外無理となると厳しい。


 角を剣にするという方法もあるが、この角を剣にするのは流石にもったいないからな。

 だったら、ギルド長に渡した爪の方が剣に向いた素材だった。


「分かった。無理な相談をして悪かったな」

「いや、気にしないでいい! 俺にドラゴンの素材の加工を依頼してくれたってのは嬉しかったからな」

「ヨークウィッチで一番信頼のある鍛冶師はダンだ。ダンに依頼するのは、当たり前といえば当たり前の行為だぞ」

「へへっ、嬉しいことを言ってくれるな! ……それで、俺以外にドラゴンの素材を加工してくれそうな当てはあるのか?」


 そう尋ねられたが、今のところ当てはない。

 角の方は、髪を乾かす魔道具を作ってくれている職人たちに任せるという手もあるんだが、制作の依頼をしているところに更なる依頼はしづらいのが現状。


「今のところはない。ただ、ヨークウィッチ中を探せばどこかにあるとは思っているから大丈夫だ」

「全然大丈夫には聞こえないけどな。俺の弟子で防具を作っている奴いるんだが、そいつを紹介してやろうか? 手先が器用な奴だったから、もしかしたらアクセサリーの方も作れるかもしれないぞ」

「本当か? ぜひ紹介してほしい。ダンの弟子なら期待ができる」

「剣を作る才能はなかったが、防具に関しては一流だから安心していい。俺の店で売っている防具はそいつが作ったものだからな」


 『ダンテツ』で売られている防具は、俺がダンが作っているのだと思っていたほどの出来映え。

 ダンの弟子だったら納得だし、この防具を作っている人だったら更に信頼を置くことができる。


「同じ作るという作業でも、剣と防具で差が生まれるものなんだな」

「それだけ剣作りも防具作りも深いって訳だ。――っと、簡単な手紙を書いた。これを大通りの北西側にある『アルマ』って店の店主に見せれば、十中八九引き受けてくれるはずだ」

「色々と本当にありがとう。ウーツ鋼の短剣は大事に使わせてもらう」

「ああ、大事に使ってやってくれ。俺の会心の逸品だからな!」

「フィンブルドラゴンの素材がどうなったかについて、また改めて報告にくる。その時に翼膜の余りをプレゼントするから、期待していてくれ」

「そりゃ嬉しいな! 期待していて待たせてもらう」


 ダンに改めて礼を伝えてから、俺は『ダンテツ』を後にした。

 本当に世話になりっぱなしで、ダンの好意に甘えている形となっている。

 絶対にそれ相応の礼を返すと心に誓い、俺は教えてもらった『アルマ』という店へ向かった。



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