第131話 右肩上がり


 昨日は魔道具の売れ行きが気になりつつも、充実した休日を送ることができた。

 フィンブルドラゴンの防具がどうなるか今から楽しみだが、休日気分を捨て去って気持ちを切り替える。

 昨日の売り上げ等も気になるため、俺はいつもよりも早く『シャ・ノワール』へとやってきた。


「おっ、ジェイド早いな! 昨日はしっかりと休めたか?」

「ああ、お陰様でしっかりと休めた。忙しくても休日をくれてありがとう。それで……昨日の売り上げはどうだったんだ?」


 店に着くなり俺がそう尋ねると、レスリーは意味あり気に俯いた。

 視界の端に捉えている棚には魔道具が大量に並んでいるし、この反応から駄目だったのかと思ったが……上げた顔はまさかの笑顔。


「かなり売れたぞ! 八個と爆発的に売れた訳じゃないが、右肩上がりで売り上げが伸びている!」

「それは本当か! 宣伝の効果がでているのか? 魔導具を五つも使っているし、宣伝費用は高くついているがその分のリターンは大きいかもしれない」

「話を聞く限りでは、実際に使ってみて良かったって声が大きかったな! ヴェラも親父さんの伝手で置かせてもらえる場所を見つけてくれた! 富豪エリアの客が増えたら、大量に売れるようになるかもな!」


 初日が売れずに非常に焦ったが、宣伝の甲斐もあって順調に売れ出してくれたようで一安心だ。

 既に四十個くらい売れているし、『シャ・ノワール』の利益は白金貨四枚以上。


 魔導具の作成に費やした白金貨七枚の回収はできそうで本当に良かった。

 あとはどれだけ売り上げを伸ばせるかだが、こればかりは宣伝以外に俺達にできることはない。


「何はともあれ、順調に売れてくれて良かった。初日の昼に戻ってきた時に二個しか売れていなかった時は絶望しかなかったからな」

「俺も内心焦りまくりだったわ! 実際に背中は冷や汗でびしょびしょになってたしよ!」

「一番売れるであろう初日で二個だと、次の日以降は一個も売れない可能性すらあるからな」

「全然あり得るどころか、俺はその経験しかしてきてなかった!」


 指さした方向には、売れ残って埃をかぶっているレスリー作のオリジナルアイテムの数々。

 レスリーは実際に経験してきた訳だから説得力が違う。


「言葉の重みが違うな。本当に同じことにならないで良かった」

「ジェイドが素早く動いてくれて良かったぜ! 俺は値段を下げることしか頭になかった!」

「それも一つの策だとは思うぞ。まずは普及させてから、徐々に値段を上げていくって良い手だしな」

「……いや、追加では売るという発想は俺にはない! 手元にあるものをなんとか捌いて、できる限り赤字を減らしたいって考えだけだ!」


 その言葉を聞き、俺は思わず苦笑いをしてしまう。

 商業的な部分では、レスリーに任せたら駄目だと再確認できた発言。


「『シャ・ノワール』の経営が上手くいっていなかった理由が分かるな。それと、そろそろ職人に掛け合って魔道具の製造数を増やしてもいいんじゃないか? 売れてから作るじゃ遅いぞ」

「先週までひぃひぃ言ってたのに増やすのか!? めちゃくちゃ怖いんだが大丈夫かよ!」

「今日の売れ行き次第でもあるが、大丈夫だと俺は思ってる」

「ジェイドがそう言うのなら大丈夫なんだろうが……分かった! あとで職人のところへ行って話をしてくる!」

「よろしく頼んだ」


 こうしてレスリーと魔道具についてを話してから、俺は一足先に配達へと出かけた。

 そして、昼前に戻って来た時には既に七個の魔道具が売れており、俺もヴェラもレスリーもうはうはの状態。


 冒険者が多くなる午後にもキッチリと四個の魔道具を売り上げ、今日は過去最高の十一個の魔道具を捌くことができた。

 配達サービスと安さだけが売りだった『シャ・ノワール』が火炎瓶や煙玉、髪を乾かす魔道具といったオリジナル商品で勝負できるようになったことに喜びつつも、軌道に乗ったと感じた瞬間から更なる魔道具の開発を行ってもいいかもしれない。



 閉店後、レスリーは一足先に店を後にして職人たちの下へと向かった。

 俺も後を追おうとしたのだが、店に残っていたヴェラに呼び止められた。


「ジェイド、ちょっと話がある」

「ん? 話ってなんだ?」


 唐突な話に驚いたものの、表情を見る限りネガティブなものではないとすぐに悟った。


「毒煙玉が完成したから見てほしい」

「は? ……もしかして裏で作っていたのか? 魔導具で色々と慌ただしかったのに、この時期によく完成させたな」

「魔道具が売れないと思ったから、寝る間も惜しんで作ってた。……結果的に売れちゃったけど」


 唇をとんがらせながら、少し残念そうにそう呟いたヴェラ。

 今回の魔道具はほとんどがヴェラの案。

 ヴェラなりに責任を感じて、寝る間も惜しんで作業をしてくれたのだろう。


「よくやってくれたな。効果を試して、実戦で使えると判断したらすぐに売り出そう。毒煙玉で更にブーストがかかる」

「自分でも何度か試したから大丈夫なはず。できれば、毒煙玉の方は初日から売れてほしい」

「煙玉があるから、派生商品の毒煙玉を買ってくれる客はいるはずだ。レスリーには言ってあるのか?」

「うん。ジェイドが了承したら売り出すって」

「なら、すぐにでも確かめた方がいいな。暗くなる前に街の外へ出て試そう。毒煙玉は今手元にあるのか?」

「ある。いつでも試せる準備はできてる」


 ここにきて新しい商品を売り出せるのは非常に大きい。

 まだ効果を試していないためあまり褒めていないが、心情的には手放しでヴェラを褒めちぎってあげたいぐらいだ。

 俺は準備ができているといったヴェラと共に、毒煙玉を試すために西の森を目指して歩を進めた。



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